ロイエド小説

□二つの魂
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あの時、僕は後のことを大佐に任せ、鎧に隠れて扉の向こう―ミュンヘンへと来た


その時に無くしていた4年間の記憶も取り戻し、今は兄さんと2人で父さんの家で暮らしている


最初は錬金術が使えなかったりして戸惑ったけど、今ではこの国の暮らしにもだいぶ慣れて、友達もたくさん出来た


兄さんはハイデリヒさんの後を継いでロケットの勉強を本格的に始めたんだ
 
 
あと、たまにグレイシアさんがアップルパイを焼いて持ってきてくれるんだけど、それが凄く美味しいんだよ


そうそう、グレイシアさんのお腹にはもう子供がいるんだって!


またヒューズさんに自慢話を聞かされるんだろうなぁ…


懐かしくてよく知っている、でもあっちではもう二度と見ることの出来ない光景…


今度はもう少しちゃんと聞いてあげようかな


今の暮らしは毎日が充実していてとても楽しいし、みんな優しくしてくれる


でもやっぱり時々思うんだ、ウィンリィやばっちゃん、司令部の人達はどうしてるだろう?って――‥







ゴホッ コホッ――‥


「兄さん風邪?」


時折咳をするエドワードにアルフォンスが心配そうに声を掛ける


「んーよく分かんねぇけどちょっと息苦しくてな、でもたいした事ねぇよ」


「ダメ!ちゃんと病院行かなきや!分かった?」


「…ハイ。」


これじゃあどっちが兄か分かんねぇな、と苦笑するエドワードをよそに、アルフォンスはまだ、まったく兄さんは、とブツブツ言っている
 
 
もともと病院は嫌いなエドワードだったが、最近よく痰が絡むのと、明け方に特に酷くなる息苦しさに少し不安を覚え、素直に病院に足を向けた


家のすぐ側にあるそこそこ大きくてきれいな病院は中もやはりきれいで、エドワードはどこか落ち着かないそぶりを見せた







「エドワードさん、エドワード・エルリックさん、診察室へどうぞ」


看護婦に言われるままエドワードは診察室のドアを開けた
 
 
ガチャッ――‥


「ゲッ!大佐!?」
 
 
エドワードの第一声に目の前の白衣の男が眉をしかめる


「人の顔を見て「ゲッ!」とは何だ、それに私は“タイサ”ではなくロイ・ヒューストンという医者だ。第一、君とは初対面のはずだが?エドワード」


名前を呼ばれた瞬間、ドキッと心臓が跳ねた


ああ、そっか…
ここには魂が同じ別人がいるんだった


大佐は俺のこと、名前で呼んだりしない


コイツは魂が同じなだけの別人なんだ


ってか何で俺コイツに名前呼ばれただけでこんなにドキドキしてんだろ…
 
 
「ああ、えっと、悪い先生…知り合いによく似てたからさ」


「そうか。ああ、私の事はロイでいい。それで今日はどうしたんだ?」


「ん、何か最近ちょっと息が苦しくてさ、明け方になると特に酷くなるんだ」


ロイが聴診器を当てて音を聞く


「喘息だね、とりあえず吸入をして様子を見てみよう」


「ぜんそく?」


エドワードがキョトンと首を傾げる


「ああ、気道が収縮するとヒューヒューと風が通るような音がするんだが、吸入をして薬を飲めばだいぶ治まるがね。後は水分をよく取ることだ」







「タリア君、この子を」


ロイがそう言うと診察室の奥からエドワードの見知った顔が出てきた


「中尉!…じゃないんだっけ」


「リザ・タリア君だ、私の助手をしている。後のことは彼女に従ってくれ」


ロイの隣で指示を聞くリザの姿は、エドワードにとって見慣れたものであり、何だか司令部にいるような気分になった







リザに着いて行くと入った部屋はエドワードの一番嫌いな場所だった


消毒の匂いと注射器にエドワードの顔も思わず引きつる


「…あのさ、やっぱ注射しなきゃダメ?」


「はい」


「いや、でもさ、もう全然何とも無いし」


「ダメです」


「あっ、俺トイレに…」


「エドワード君」


「…はい」


以前みたいに暴れることは流石のエドワードもしなかった。いや、正確にはリザが怖くて出来なかった


注射が終わると部屋にある吸入器の前に座らされ、長いチューブを口に当てているよう言われた


「ゴホッ、ゴホッ…なぁコレすげぇ煙たいんだけど」


モコモコと煙が出ている吸入器を口元に当てているエドワードが涙目で呟いた


「しっかりやって頂戴ね」


リザが見せた氷の微笑みにエドワードは背筋がゾクッとするのを感じた







「どうだ、少しは楽になっただろう?」


吸入を終えたエドワードは再び診察室でロイの診察を受けていた


「そういえばさっきよりは楽になったかも…」


「そうか。でもまだ出ているな…熱を測ってごらん」


手渡された体温計で熱を計ると38度近くなっていて、エドワードはどうりで熱い訳だ、と納得する


「ふむ、熱もあることだし君には1、2週間程入院してもらう」


「なっ!何で俺が入院しなきゃなんねぇんだよ」


焦って聞き返すエドワードにロイは真面目な顔で告げる


「このままじゃいつ発作が起きてもおかしくない。それに熱も高い。今の状態じゃ肺炎も併発しかねない…苦しいのは君なんだよ?医者として私は君をこのまま家へ返す訳にはいかない」


「はぁ、分かったよ…入院すりゃいいんだろ」


エドワードがそう言うとロイはああ、と言って柔らかく微笑んだ


その微笑みにエドワードは自分の鼓動が速くなるのを感じた。と同時に少しばかりの寂しさも…


エドワードの知っているロイはそんな風に笑う人ではなかったから――‥


「では、受付でこの紙を渡しなさい。後はそこの人がやってくれるから」


そう言ってロイはエドワードに2、3枚の紙を手渡した


「おう。じゃ、あんまサボんなよ」
 
 





エドワードが出ていった後、ロイは側にいたリザの方を向いた


「アレに私のサボり癖のことを話したのかね…?」


「いえ、話してませんが」


2人は不思議そうな顔をして、互いの顔を見合わせた







「あー、もしもしアル?あのさ…俺入院することになったから」


「えっ、兄さん入院ってどういう事!?もしかしてそんなに悪いの?手術したりとか?ああどうしよう…僕側にいたのに何も気付かなくて…」


半泣きのアルフォンスの声に今度はエドワードが慌てる


「ちょっ、アル落ち着けって!別にそんな悪いわけじゃねぇから。ただの喘息。ちょっと熱あるから医者が用心の為に入院させただけだって」


そうだったんだ、と一先ず安心したアルフォンスの声にエドワードはああ、と返事をする


「でさ、入院するのに必要なもん持って来てくれないか?」


「うん、分かった」







「あー、退屈だ」


エドワードは自分に宛てがわれた個室のベッドに横になっていた


特にすることもなく、アルフォンスもまだ来ないのでエドワードはとにかく暇だった


コンコン――‥


ノックの後に入ってきたのはロイだ


「何か用かよ」


「気分はどうだい?」


そう聞きながらロイは聴診器をエドワードの胸に当てる


「…」


「コラ、息を止めるのはやめなさい。全く、君は子供みたいだな」


その言葉にムッとしながらも、エドワードにはやはりロイとの会話は楽しいものだった







コンコン――‥


ロイとエドワードが話していると扉をノックする音と、「兄さーん」とエドワードを呼ぶアルフォンスの声が聞こえた


ガチャッ――‥


「大佐!?」


扉を開けて開口一番にアルフォンスが発した言葉はそれだった


ロイはまたか、と半ば呆れ顔になり、エドワードは「中尉もいるぞー」と笑っていた
 
 
「私はロイ・ヒューストン、エドワードの主治医だ。にしても君達は何と言うか…私はそんなにその“タイサ”という人に似ているのかね?彼なんか私の顔を見た途端「ゲッ!大佐」と物凄く嫌そうな顔をしたが…」


それを聞いて、アルフォンスは簡単にその時のエドワードの表情を思い浮かべる事ができ、思わず苦笑する


「じゃあ兄さん、僕は帰るから大…じゃなかった、先生の言うことちゃんと聞くんだよ」


「分かってるって」


入院に必要な荷物を整理し終えたアルフォンスがエドワードに言うのを聞いて、弟いうよりむしろ母親だなとロイは内心一ごちた







入院生活というのはやはり退屈なもので、面会時間以外は専ら本を読むか、診察と称してサボりに来るロイと談笑するかだった


この日もロイはエドワードの病室にやってきた


「あんた、またサボりかよ、いい加減にしねぇと怖ーい助手に叱られるぞ?」


そう言いながらもロイが来るのを心待ちにしている自分がいた


「君が退屈しているのではないかと思ってね。これでも仕事は真面目にやっているつもりだよ?ただ何故かいつも彼女には叱られているがねゞ」


「それって真面目って言わないんじゃ…」


ロイの台詞に思わずエドワードは呟いた
 
 
「じゃあ私はそろそろ仕事に戻るとするよ」


そう言って2、3歩進んだロイの身体が突然傾いた


フラッ――‥


「ロイ!!」


「…っ…大丈夫、少し目眩がしただけだ…それより初めて名前で呼んでくれたね」


「///…あ、あれは咄嗟に…その…」
 
 
ロイがエドワードの顔を覗き込んで柔らかく微笑むと、恥ずかしくなったのか途端に顔を赤くして口ごもる


「それより本当に大丈夫なのかよ?なんだったらここで少し休んでけよ」


「…ああ、じゃあ、お言葉に甘えて少し休ませて貰うよ」


そう言ってロイは白衣を脱いでソファーに横になった


「30分したら起こしてくれ…」


小さく呟いたかと思うとロイはすぐにすやすやと寝息を立て始めた


「やっぱ疲れてんのな…」


エドワードの記憶の中の男も、ギリギリまで無茶をして倒れるタイプだった


「魂は同じってか?大佐今頃どうしてるかなー」


目の前の男と大佐がダブって見えた


その漆黒の黒髪に手を伸ばして触ると、指通りの良いサラサラとした髪だった


「ん…」


ロイが身じろぎして目を開けた


「あっ、悪い起こしちまったか?」


「いや、今何時だ?」
 
 
「1時35分だけど」


「そうか、ありがとう少し寝たらだいぶ楽になったよ」


「もう行くのかよ?」


立ち上がり白衣を着ているロイの背中にエドワードが心配そうに声を掛ける


「2時から診察が入っているのでね」


「あんま無理すんなよ」


エドワードの言葉にロイは振り返ってああ、と返事をして部屋を出て行った








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