呪文っぽい7台詞
□切り裂け旋風よ
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「その台本」
一気に打ち解けた雰囲気の中で、律がテーブルの上を指差した。
そこには明日のオーディション用の台本が置きっぱなしになっていた。
「ええ。オーディションを受ける予定でして」
雪名はそう答えてから、思い出した。
確かあのアニメの主役は、この織田律でほぼ決まりだと聞いた気がする。
他の役はオーディションで募集しているのに、主役だけは律を指名したと。
「受かったら、織田さんと共演ですね!」
「いえ、俺もまだ決まったわけじゃないですし」
大作の主演話であるのにテンションは低いし、歯切れが悪い。
思わず言葉に困る雪名を見て、律が「すみません」と苦笑した。
「受けていいのかって迷ってまして。父親の声とそっくりって理由の主役ですから。」
「でも声優って元々そんなもんじゃないですか。持って生まれた声でかなり決まりますし。」
雪名はさして考えもせずにそう言った。
それを聞いた律は、ひどく驚いた顔になった。
表向き、声優になるのに声質は関係ないとされている。
だがそれは少々無理がある。
やはり第一線で活躍する声優は、みな声がいいのだ。
正統派のヒーローやヒロインの声、印象的なハスキー声、一見平凡そうだが深みのある声。
普通の俳優なら、メイクや髪型や服装でいくらでもイメージを作れる。
だが声はメイクもできないし、服を着ることもできない。
つまり生まれつきの声に頼る部分は多いのだ。
「確かに。そういう考え方もあるかも。」
律は思いつめた顔で、考え込んでいる。
そんなに真剣に受け止められても。
一瞬困惑した雪名は、恋人の木佐が言っていたことを思い出す。
すごく綺麗で苦労なんか知らないって顔してるのに、ひどく真面目。
スマートフォンのアプリの仕事で一緒だった木佐は律のことをそう評していた。