NovelT
□10年後の今日の日も
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もうすぐ9月の連休というある日にふとあの日のことを思い出した。
『俺、宍戸さんのことが、すき、です』
そうアイツは俺に言った。
何の話の流れでそうなったのかは実はよく覚えてない。
ただ…
歳の割に逞しい喉元が何度も上下していて、唾を飲み込む音がこちらにも聞こえてきそうだった事。
潤んだ瞳が必死に視線を送ってくるから、その潤みから目が離せなくなった事。
そんなアイツの表情や身体の細かい動きだけはしっかりと記憶に残っている。
(ああ、コイツ、本気なのか)
どこか他人事のように考えが浮かんだけど、口から言葉は出てこなくて数秒間の沈黙が流れた。
『あ……え、と…』
俺が黙り続けているからか向こうから言葉を発するけど、アイツも次の言葉は見つからないらしい。
相変わらず目線は外さず、俺を離さないけどまばたきは異様に多い。長くて濃い睫毛がユラユラしている。
(なんか、よく考えたら、近いな)
身体の物理的な距離の事だ。
手をちょっと伸ばせば触れられる距離。
お互い少し前のめりになったまま身体が固まってて、少し滑稽な気もする。
でも、言葉を発さないままその身体を反らしたり離したりするのは何だか違うとは思った。
『ねえ、宍戸さん…』