短編集

□『麗しの魔女様へ』
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  (1)


 歳をとらず、多くを知り、心を読む女は、『魔女』と呼ばれていた。
 白く透き通る肌に菫色の波打つ長い髪。それに白や金、青の異なる色の髪が混じる頭は、肩幅と同じくらいに大きく広がっている。長い睫毛の下の藍色の瞳は光少なく、額との境を引く眉は物憂げな曲線を描く。
 若く美しい姿をした魔女は、その美貌と魔法の力で諸侯に取り入り贅を尽くし、その実、数百年と生きているという。
 名を告げられた者はなく、皆、ただ『魔女』と呼ぶ。その正体は誰も知らず、知れば死が待つと噂されていた。

 「随分とかかるのね」
 呟きほどの魔女の声を、背後に立つ甲冑の耳が捉えた。
 鈍色の兜の奥から、抑えようともしない怒気が走る。
「女に何が分かる」
 荒げることなく、けれど力強く発せられた声に、更に後方に隊列をつくる兵達は身を強ばらせた。魔女の怒りを買うのではないか、と。
「なあに? 騎士さま」
 けれど魔女は聞こえなかったとでも言うように聞き返した。
 全身を甲冑で覆う男を、まるで牙を剥く獣のようだと魔女は思う。獣は獣でも、とても小さく、そのくせ怖いもの知らずの、可愛らしい獣。
「悪魔め」
 獣が再び噛みつく。魔女はそれを鼻で笑い、勿体ぶって視線を背後へ投げてから、ゆっくりと体を向けた。
「この姿がお気に召さないのかしら」
 そう言って、魔女は両手を広げる。得体の知れない獣の毛皮が、日の光を受けて青に緑に輝いた。
「新しい土地が手に入るのに。もっと楽しそうにしてはどう?」
 魔女の背後では、小さな国の一端が堕ちようとしている。
 鎧の中の獣は沈黙を選ぶ。知性を捨て切れないその姿に、魔女は静かに笑った。
「そうねぇ……」
 思案するように顎に手を当てて、魔女は背後を見やる。再び背を向けた魔女の声はとても可笑しそうで、誰もが魔女の背をただ静観していた。
 やがて、閃いたとでもいうように魔女の人差し指が立てられる。真っ直ぐに伸びる人差し指をそのままに、魔女は視線だけを投げかける。
「いつも遠くで見ているだけでは、つまらないかな」
 その場にいた者は、目と耳を疑い、しばらく呆けていた。魔女の発する声は誰のものか。その横顔には見覚えがない。
「では、戦場へ行こうか」
 声は確かに男のもので、振り向いた人物はすでに魔女ではなかった。


 『眩惑の魔女』──その姿を変え愚者も賢者も蠱惑の術で操る悪魔が、歴史上に姿を現す、始めの文言は、以下の通りである。

 ──聖暦75年、教会が一人の悪魔を下した。美貌の女である。女は名を持たない。姿を自在に変え、預言者の真似事をした。これを『眩惑の魔女』と呼ぶ。──



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《『麗しの魔女様へ』》
(1) ツギハギ森のバラバラの





 PLOT:[名]@(小説や芝居の)筋,仕組みA陰謀,悪だくみ[他]@企む,企てるA設計する




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