短編集

□夜夜中に孵る卵
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 マーガー公国第一公女ベネデッタは、恋をしている。

 叶わぬ恋に、恋をしている。


 愛しい人の髪色とお揃いのリボンを栞替わりに挟んだダイアリー。
 “今日”を埋めるページはまだ白い。

 ベネデッタはクローゼットを開いて、適当にワンピースドレスを引っ張り出す。

「冬物はもう終わりかしら」

 姿見の前で、控え目なフリルが胸元を飾るワンピースドレスのウエスト部分を抱き止めながら、一人語ちる。

 いくつかの似たような衣装を下着姿のまま合わせてみて、結局始めに戻る。
 ベネデッタは、しばし鏡の中の自分を見つめた。

「よし、これ!」

 決めてしまえば行動は早く、灰色の混じった薄いピンクのワンピースドレスに身を包むと、ベネデッタは緩く波打つ赤髪を高い位置に纏め上げた。
 革製のバレッタで結び目を隠すと、スカーフを手に、もう一度姿見を凝視する。

 美しくあるだろうか?


 ベネデッタの想い人は、『風の魔導師』と呼ばれている。

 小麦色の肌にカフェオレ色の短い癖毛。異国風の顔立ちに、気だるげに下がる瞼から覗く、紫水晶の瞳。
 細くしなやかな体を包む堅い印象のクラシックな衣装は『導師』を象徴する黒。

 ひとめみて、恋におちた。

 その人の隣に立つ自分は、かつての偉人がそうであったように、自然体でありながら気品を纏わなくてはいけない。


 ベネデッタは、黒地に大きな白い水玉模様のスカーフを腰に巻き、わざと歪な形に蝶結びを作る。
 右に回り左に回り、鏡に映る自分をじっくりと見定める。

「完璧」

 『風の魔導師』に出会って、ラフな服装ばかりだったベネデッタのスタイルは一変した。

 『風の魔導師』の身につけるものは、色褪せた一時代を想わせる。
 『導師』という概念が生まれた時代を。

 「世界の改変が行われた」と初めに触れたのは、かつての栄光を失った砂漠の、小さな部族間争いの中の、名もない占い師だったらしい。

 大陸西部の人間は、以前は彼らの奴隷の立場だった。

 転機を逃してはいけない。
 世界は簡単に変わってしまう。


 この世界は、変えることができる。


 ベネデッタはペンを取り、白地に栞と同じ色の文字を走らせる。
 今日の日付と、天気。

(そう、これは二人の物語)


 白いページを少しずつ埋めてゆく物語。



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《夜夜中に孵る卵》
(1) 傍ら、一意的に存在





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