短編集

□『麗しの魔女様へ』
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 森は地を揺らし姿を変える。帰り道を失った住人は、番人を呼ぶ他ない。そして呼ばれない限り、番人であるロロにも住人の所在はわからない。
 これは『森の主』のかけた解けない呪いである。
 森は呪いで出来ている。ロロも、他の住人も、勝手に体を継ぎ接ぎされ、森に閉じ込められた。時が経つにつれ、歪な形の仲間は増えていく。
「イェージィ」
 ロロは背に張り付く男の名を呼ぶ。重いのだ。
「降りないぞ」
 イェージィは、森の中にいて唯一生来の健全な形を保っている人間だった。片腕を無くしている以外、異常は見当たらない。
 数少ない人型だったが、まだ意志の疏通は儘ならない。男の素性など興味はなかったが、話が聞ければ、とロロは思っている。
 森から出る方法が知りたい。ロロはそればかりを願っていた。いつか焦燥は消えたが、今度はその情熱を失うこと自体に焦りを覚える。
 森には奇妙なものが多く、草木や虫もロロには見慣れない姿をしていた。「ここは何処ぞの島か」と森の主に聞けば返ってきたのは嘲笑だった。それが意味するところを、ロロは知らない。
「ロロ、あれは何だ?」
ふと背後から、ロロの使う言語でイェージィが聞く。
 「それは何だ」とはじめに聞いたのはロロだった。地面に描いた花とおぼしき絵を指すイェージィに、何を伝えたいのかと思い口にしたその言葉こそが、イェージィの意図するものだったようだ。以来、片端から「これは何だ、あれは何だ、それは何だ」と聞かれるようになる。存外に知恵者だと、ロロは感心していた。
 言葉を覚えさせるため、ロロはイェージィが指差す先を見た。そして驚きの声をあげる。
「魔女だ!」
「まじょだ」
 すかさず復唱するイェージィの欠けた腕を掴み、背から強引に降ろすと、ロロは無言で走りだした。
「え? ま、まじょだ! まじょだ? まじょだ?」
 イェージィは状況が掴めず、ロロの後を追う。
 深い木々の間、イェージィが示した先には、丸く大きな膨らみを形作る布地が見える。縁をフリルで飾るそれは、魔女が“富の象徴”と自慢する日傘。複雑に変異してしまった森の中、樹木の間を掻き分けるように進むと、日傘の陰から魔女が声を掛けてきた。
「あら、慌ててどうしたの」
 高くもなく低くもなく耳に心地よい声は、懐かしい故郷の言葉で語る。魔女は、ロロの言葉を理解していた。
「貴女がそこにいるなら、すぐにでもお側に」
「まあ、そんなことを言っても何も教えられることはないわよ」
「なに、森の外からの来客など、貴女くらいなものですから」
 魔女は外界から多くのものを持ち込んだ。その全てがロロの知るものよりも優れていて、魔女は豊かな大国から来たのだろうと、ロロは考えていた。当然、多くの国とも交易があるはずで、その中にロロの故郷への手掛かりもあるだろう。
「ここは安心するわ。どこも戦争ばかりですもの。変わりはない?」
「新入りが一人」
 ロロが背後を振り返ると、イェージィは久方ぶりの女の姿に下卑た歓声をあげていた。




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《『麗しの魔女様へ』》
(1) ツギハギ森のバラバラの





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