短編集

□『麗しの魔女様へ』
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 「……ロロ、」
 虚空に投げられた名に呼ばれ、森の番人は蹄の音と共に馬体を揺らし現れる。
「イェージィ」
 よく通る力強いロロの声に、イェージィは頭を上げた。
 馬の首が在るべきところから伸びた人間の上半身。イェージィよりも年嵩の男は険しい表情をしている。これが地の顔であると認識しているイェージィは、特に気にせず語りかける。
「また、……この森、“成長”してんぞ」
 唯一の腕で八つ当たりを続けるイェージィは、声に険を乗せ抗議するも、当のロロには理解されない。
 二人は互いに知らない言語を使っていた。
 イェージィはロロの使う言葉が「はい」と「いいえ」くらいしか判別できない。なにしろ、ロロは極端に無口であった。
 反対にロロは、口数の多いイェージィの使う言葉を少しずつ覚えていて、僅か半月で片言だが会話が成立するまでになっていた。
「へいき、いくぞ」
「勝手に決めんなよ、オイ……ッ、お、うわっ」
 ロロに唯一の腕を取られたイェージィは、腕を引かれるまま前へ倒れ込む。
「……? いくぞ?」
「痛ってぇ! やめろっ」
 労う事なく引き揚げられる腕に釣られ、イェージィの足は地面を掻く。歩く事も抵抗する事もできないイェージィを不思議に思い、ロロは手を離した。
「おぅ……っ」
 身を庇う腕を持たないイェージィは、顔面から着地する。ロロが小さく何事か呟くが、イェージィには伝わらない。
 片腕と両膝で、何とか起き上がろうとする鈍い動きを見かねたロロがもう一度手を伸ばすと、素直に縋ってきた。
「イェージィ」
「うるせー……立てねぇんだよバァカ」
 原因は、この森の厄介な特性にある。
 果たして成長、と呼ぶのだろうか。この森は、生き物のように変容する。
 それは何の前触れもなく、突然に始まり、嵐のように過ぎ去ってゆく。地震と呼ばれるその現象を知らないイェージィにとって、この森の立つ事も出来なくなるほどの揺れは、「この世の終わり」と感じられた。
 すっかり力の入らなくなった腰をさすり、イェージィは地面に向かってつらつらと恨み言を吐く。
「なんなんだよマジでスゲームカつく意味わかんねーよマジでフザケんなよ」
 知らない言語で不快な音色を奏でるイェージィに、ロロの気分も悪くなる。
「イェージィ」
 名を呼ぶとロロは、イェージィを肩に担ぐ。そしてその尻を力一杯に打った。
 破裂音に悲鳴が混じる。
「ぅうわああっ! なんっ、な、なんだよぉお! 漏れちゃうだろ! 今は漏れちゃうだろバカ!」
 もう一度振り上げられた手を見て、イェージィは泣き言を言いながらロロの背から馬体へと逃げる。
 そして落下した。




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《『麗しの魔女様へ』》
(1) ツギハギ森のバラバラの





 PLOT:[名]@(小説や芝居の)筋,仕組みA陰謀,悪だくみ[他]@企む,企てるA設計する




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