Haven's door

□〜プロローグ〜
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 老人しか居ない小さな村で私は、村一大きな神社で母方の祖父母に育てられた。別に、両親が事故死した訳でも、蒸発した訳でもない。霊感が強い幼い私を気持ち悪がり忌み嫌った為だ。4つの時の話だったから、もう10年前の話だ。
そもそも、私が山奥の小さな村で生活するようになった根源は御先祖様であり神社に奉っている安倍晴明。彼は、『妖狐と人間の間に生まれた』という伝説を残す程、陰明道に優れていたという。その影響からか、代々霊感が強い子供が生まれていた。
だから、私の祖母も曾祖父もその前もその前も代々霊感が強いのだ。ただ一人、母を除いて…。
母は、「霊感がある=早死にする」と思い込んでいるところがあった。
偶然の出来事だと思うのだが、祖母の兄弟や母の兄弟は霊媒している時に失敗し、若いうちに皆、亡くなったという。
結果、祖母は婿養子を取り、母は「呪われている家」を出たらしい。自分が好きな人でなく、霊感が強いだけの男を婿に貰いたくなかったからだと、祖母は教えてくれた。
−そういえば、父の顔を知らないな…。−
ぼんやり母の事を考えながら、秋祭りに備え、清めの泉で身体を清めていると、祖母が巫女装束を持ってきた。白い着物と色鮮やかな朱色の袴、白い足袋。これらを身に纏い、祭期間中三日三晩、秋祭りの成功と村の民が一年平穏無事に過ごせる様、祈祷をするのだ。この仕事は巫女である私の役割。
祈祷中は一切人の出入りを禁じた部屋で飲食もできない状態にある。無論、世話役の人間も出入り出来ない。それがあるべき、秋祭りの神事の姿。
「清姫、祈祷に使う薪はこれだけもあれば足りるだろう。」
「御祖父様、ありがとうございます。」
祈祷の間で祖父が手招きをしてみせる。
「それとコレだが…。」
こっそりと水が入った瓶を差し出す。
「御祖父様、コレは…。」
押し返そうとすると、祖父は小さな声で言った。
「これは御神水。喉が渇いては祈祷も出来ぬ。」
私が不安げに祖父を見上げると、祖父は言葉を続けた。
「何、心配せずともよい。御神水は古来より、巫女がこの祈祷の間に入る際に、これを隠し持って入ったものだ。」
笑って私の肩を軽く叩くと祖父は祈祷の間を出て行った。
 翌日早朝、村の民が神社の境内に狐面を被った法被姿で集まった。秋祭りは、祖父の御祓いから始まる。昔は、初日に大人神輿が村中を練り歩き、二日目に子供神輿が練り歩き、三日目に境内で神楽を舞い、ところ狭しと夜店屋台が立ち並び、花火が上がって終演を迎えるというモノであったらしい。今は悲しきかな、華やかさが失われ、神楽と顔なじみの店が屋台を一つと花火が残っているだけだが、それはそれなりに和やかで楽しいひと時が流れている。無論、それは巫女には味わえ無い楽しさだ。
祭が始まり、ニワトリが鳴き、鈴虫やコウロギが再び鳴き声を上げ始めてから二日目の晩がくる頃か、薪を焼べ、祝詞を上げていると火の中に九尾の狐の姿が映ったかと思うと、チリっと下腹部に幾度となく痛みが走った。その度に堪らず、祖父に貰った神水を一口飲み再び祝詞を上げる。
−私は三日持つだろうか?−
そんな不安さえ過ぎる。ここからは孤独とも闘わなければならない…。
−雑念を取り払わなければ…。−
一心に祝詞を上げ、更に時は流れた。薪が無くなり、火が徐々に小さくなり始めた頃、打ち上げ花火の音を耳にした。
やがて、世話役の祖母が祈祷の間の扉を開けた。
「清姫、疲れたろう?お疲れ様。」
涼しい風が部屋に舞い込み、祭の終わりを告げると私はその場に倒れ込み、眠りについた。
気が付くと、寝室の布団に寝かされていた。祖父が運び、祖母が着替えさせてくれたのだろう。
「い…痛ぅ〜。」
起き上がろうとすると、下腹部に激痛が走る。寝衣の帯を緩め、そっとオヘソの辺りを見ると、九尾の狐の赤い刻印が印されている。
「こ、これは…?」
障子が開き、祖母が顔を出す。
「清姫、起きた様だね。お前、まる三日眠ってたんだよ。」
「御祖母様、あの…お聞きしたい事が…。」
「聞きたい事?」
「この痣…。祈祷をしている時に痛みが走ったので、起きて確認してみたのですが…。」
それを見せると、祖母は恐れるかの様に
「か、神の子じゃ…。清姫、その子は晴明様じゃ…。」
と、逃げる様にどこか行ってしまった。
それから10ヶ月余り、私は祈祷の間で過ごし、生まれた子(晴明)は、『両親が連れて来た弟』として、祖父母の元、育てられる事となった。
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