Haven's door

□heaven's door外伝
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いつも夢に見ていた…。
とても美しい彼の姿を…。







私は目が見えない…
耳も聴こえない…
脚も動かない…
けれど、私は色を知っている…
彼の容姿を知っている…
彼の声を知っている…
女房達が何を話しているのか…知っている。






夢の中で彼が一つずつ、出来るようにしてくれたから…。






『姫…姫、今宵も貴女に逢いに参りました。』

暗闇だった世界が明るくなり、白い世界になって風に舞う薄桃色の花弁の中に彼の姿を見る。

「晴明さま…晴明さま…。」

彼に手を伸ばすと、彼は引き寄せ優しく抱きしめてくれる。

『夏姫、今夜は何を解放して差し上げましょうか?
なんとなくでは無く、はっきりと周囲の声が聴こえるように致しましょうか?』

私は首を横に振る。

『では、歩けるように致しましょうか?』

私は、また首を横に振る。

「貴方の姿を見たい…。
貴方の武勇伝は女房達の間で持ちきりです。
夢の中だけの方じゃない事は知っています。
ですから、貴方にお逢いしとうございます…。
この目で貴方の顔を見たい…。
夢の中では無く、面と向かって御礼を言いたいのです。」

私は思っている事を口にし、晴明さまに願って頭を下げる。

『ならば、明日…居室にてお待ち下さい。
月が南の空に昇る頃、貴女の部屋に伺います。』

そう言うと、晴明さまの姿は花弁の塊になり、風に飛ばされ消えていく。

「晴明さま…!!」

暗闇で目が覚める。

「晴明…さま、本当に来て下さるかしら…。」

やがて、女房達が来て着物を着替えさせ、髪の毛に櫛を通す。
朝餉を持って来た女房が匙を使い、私の口に食事を運ぶ。
私は口にある食べ物を咀嚼して飲み込むだけ…。

『私もこんな生活してみたい…。
着替えも、食事も、身の回りの事をすべて人にしてもらって、大殿様に美しい着物を買い与えられて優雅です事…。』
『まぁ…確かに何もかもして貰っているけれど、私は憧れないわ。
年頃なのに、殿方から文が一通も届かず、文を書く事も琴を弾く事もない。こんなに広くて、四季折々の美しい花や鳥を愛でる事もないなんて、ただ生きてるだけじゃない。』
『まぁ…貴女も云うようになったじゃない。それはそうと、昨日も出たらしいわよ。もののけが!』
『けれど、この都には、晴明様がいらっしゃるから心配いらないわ。』

私が聴こえない事を良い事に、ざわざわと女房達が雑談をしている。

食事が終わり、辺りが静かになる。

御父様が私の為に付けてくれた女房達は、みんな嫌い。
聴こえないと思って云いたい事を云っている。
ただ一人…最近、側仕えしてくれている幼い女房見習いのミヨを除いて…。

『姫様、今日はお天道様がよく照っておいでです。此方にいらっしゃいませんか?』

ミヨは私が聴こえると思っているのか、私に話し掛けてくれる。

『さ、姫様…。』

私の衣を優しく引っ張り、暖かい場所へ動かそうとする。
床に両手を突き、ミヨの後に着いて行くと、お天道様が照らしてくれる。

「はぁ〜…。」

暖かい光に包まれて安堵のため息が出る。

『姫様、桜が咲き始めてます。お庭の花もたくさん!
少し、お持ちしますね。』

しばらくして、私の鼻のすぐ側で花の香りがする。

『まだたくさん、お庭に咲いていますよ。』

幸せな気持ちになる。

「ありがとう…。」

伝わったか、伝わらなかったか判らなかったが、いつも晴明様と話す時のように伝える。

『姫様…姫様の声、とても美しくて素敵。』

私の腕に抱き付くミヨ。
そっとミヨに触れ、頭を撫でる。
そんな風にミヨと一日を過ごした。

『姫様、そろそろお部屋に戻りましょう。
時期に他の女房達がやって来ます。』

どのくらい過ごしただろうか…、ミヨが私の衣を引っ張り、私は部屋に戻る事となった。
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