「宜しく頼み申します」
研修医としてやってきたのは昔近所に住んでいた子だった。

わんこの尻尾のように一本に束ねた髪と琥珀色の大きな瞳は当時と全く変わらない。

「あ、」と思わず声を出すと此方を見る彼。

「佐助…?」
名前を呼ばれたことで、周りの視線が一気に集まる。恥ずかしい。

「おい猿?お前、知り合いか?」
同期である伊達ちゃんが聞いてきて、やっと我に返る。

「うん。幸…だよね?」

10年振りの再開は職場だった。



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「佐助…殿、これはこちらで良いのですか?」

「躊躇うくらいなら呼び捨てればいいのに」
消毒液の補充に来た幸村はぎこちなくそれを渡す。

「しかし…一応職場故、佐助とて困るであろう?」

「いやまあ、俺様的にはどっちでもいいんだけどね」
幸は相変わらず、堅いなあー、なんて。

幸こと幸村とは、所謂幼なじみであった。
10年前、俺様が格好いい高校生だった頃、幸村は可愛い小学生で
いつも俺様の後ろにくっついていた。
しかし俺様が引っ越すことになり、手紙なんてマメなことは続く筈もなく…音沙汰は途切れていた。

「しっかし驚いたなー!あんなにちっちゃくて可愛かった幸がこんな王子様みたいな研修医になってるんだもん!」
俺様ちょーびっくり!とおどけてみせると、幸は僅かに眉を寄せた。

「茶化すな馬鹿者。俺は佐助に追い付きたくて、こうして頑張ってきたのだぞ」

「まさか俺様目当てでこの病院にー?」

「そんな訳なかろう。一端の研修医である俺が研修先を決める権利などない。」

だよね、と笑いながらも考える。
(凄い偶然だよなあ…)

「あ、そういえば。幸のとこの大将は?元気にしてるの?」
そう問いながら、補充済みの容器を手渡す。

「無論。お館様は変わりなく病院を続けていらっしゃる。流石であろう?」
自分のことよりも嬉しそうに語るお館様とは、幸の祖父に当たる。
開業した病院は今も変わらないと聞いて少し安心した。

「佐助は何故看護師なのだ?」
お主は薬剤師になると言っていなかったか?

当時高校生だった俺だが、幸の家が病院だったこともあり
幸には夢について話していた。

「…うん、まあ。色々あってね」

「佐す、」

「こら真田幸村!遅ぇぞ。」
遮断された声。外科の伊達ちゃんが幸を呼びに来ていた。

「申し訳ござらぬ伊達先生!」
「どうでもいいから早く来い!休憩なしにするぞ?猿も!昔話は後にしやがれ」

普段はクールで無口な伊達ちゃんは仕事となると少々手厳しい。
伊達ちゃんは幸と同い年で
俺様より6歳年下なのだが、伊達ちゃんのパパさんがこの病院の院長先生だからか、もう立派な外科医なのだ。噂によると、帰国子女らしく
向こうで最先端の医療を学んでいたのだという。本当かどうかは分からないんだけどねぇ。

「ごめんねー伊達ちゃん!許して?ね!」

「もういいから、さっさと仕事に戻れよ?ばか猿」
俺様を一瞥した後、伊達ちゃんは幸を連れて病棟へ向かった。
何だかんだ言って優しい伊達ちゃんを実は気に入ってたりする。
いい奴なんたよねー伊達ちゃん。料理美味いし!

「さっちゃーん!」
やっとナースステーションが静かになったと思ったら
今度は祭男がやってきた。
「前田さん……早く病室に帰れ」

「酷いよさっちゃん!俺、患者さんだよ!?」

「早く退院しろよばか慶次」

毎回懲りずに絡んでくるのは
303の前田慶次だ。
体は頑丈なのにいつも骨折でこの病院に運ばれる常連さん。
一体どんなことしたら、こんな頻繁に骨折できるのかね…俺様分からない。知りたくもないけどね。

「あ、さっちゃん今酷いこと考えてるだろ?」
「酷いこと?人聞き悪いなぁ…慶ちゃんが早く治りますよーにって祈ってたんだよ?」

「……さっちゃん、熱ある?」
とか言いながら、凄く狼狽しておでこに手を宛てようとしている慶次を
一回殴ろうかな、と考えていると。

「そういえばさ、新しく来た研修医の幸村って、さっちゃんのお友達?」
最早耳に届いていることに驚く。噂話は大抵慶次に行き着く。

別に隠すことでもないし、と
頷いておく俺様。

「そっか…なるほどねぇ!聞けて良かったよ!ありがとーさっちゃん」
今日も看護師の制服が似合うね!とかなんとか叫びながらナースステーションを離れるてく慶次。
何だったんだ…?




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