空飛ぶ広報室
□Supplement Episode 8 V
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「いい天気でよかった」
リカは空を見上げた。
そこには昨日までの雨空とは打って変わって澄み渡った青空が広がっている。
「本当です。入間の気象隊の人たちのお陰ですね」
リカの隣に立った空井が言った。
「あと晴れ乞いな」
「あれ効きますね」
それに片山と比嘉が続く。
「晴れ乞い?」
「そ、晴れ乞いです」
リカが首を傾げて尋ねると空井は微笑みながら答えた。
「あ、雨乞いの反対ってわけですね」
リカが腑に落ちてそう言うと、空井は「はい」と頷いた。
「私も一応、てるてる坊主作りました」
「そうなんですか?」
リカの言葉に空井は反応する。
「頑張っている人たちのために、私も微力ながらも何かしたいって思ったんで」
「稲葉さん……」
微笑んでそう言うリカを空井は見つめる。
自分たちのために……それだけで空井の胸は熱くなる。
「そこっ!! 今から撮影だから二人の世界に浸らないっ」
片山の横槍に我に返った空井は片山に向き合うと、片山はニタニタと笑っていた。
「なんですかそれっ!?」
空井は真っ赤になって叫んだ。
ギャアギャアと騒ぐ空井と片山の姿を、リカと秋恵は顔を見合わせて苦笑した。
墓地での撮影が済み、リカは坂手たちの車で先に東京に戻って行った。
「でもあのC-1には驚かされました」
「偶然ってあるんですねえ」
空井の言葉に比嘉もしみじみとしている。
「必然、なんじゃないんですか?」
空井がそう言うと、皆は各々頷いた。
「室長曰く『みんなの思いが奇跡を呼ぶ』」
片山はそう言って空を見上げた。
「そうだよ。晴れ乞いも稲ぴょんのてるてる坊主も、全部みんなの思いだからね」
鷺坂の言葉に皆も空を見上げた。
皆の思いが今日という日を生んだ。
今日晴れたのも、C-1輸送機が飛んだのも、偶然ではなく皆の思いが生んだ必然。
「……私、幸せですね」
秋恵が空を見上げたまま呟いた。
「この場にいられることが、すごく幸せだって思えます。皆さんにここまでして貰えたのも、いくらPVのためだって言ったって、やっぱり嬉しいです」
「それは違うよ。君のために何かしたいって思いもあったし」
「ありがとうございます……」
片山の言葉に秋恵は嬉しそうに微笑んだ。
お〜やっぱ二次元並みに可愛いっ!!
秋恵の笑顔に片山が思っていることが手に取るようにわかり、比嘉は苦笑した。
「稲葉さんも一緒に頑張ってくれましたし」
空井がそう言うと、秋恵は空井の顔を見て言った。
「稲葉さん、本当にいい人ですね」
「はいっ」
空井は自分が褒められたときのように嬉しそうに頷いた。
「即答だな」
「なんですか?本当のことでしょ」
ニヤニヤしている片山に空井は若干顔を赤らめ憮然としている。
「ガツガツだけどな」
「今はそこまでガツガツじゃないですよっ!!」
それは出会った頃の話だ。今も若干ガツガツではあるが、以前ほどではない。
空井は更に憮然となった。
「そりゃ可愛くはなったけどさ、ガツガツは変わんねえだろ?」
「そんなにガツガツしてないっ……と思いますけど……」
ちょっと自信ない……かも?
そこまで言われるとちょっと……。
そりゃ可愛くなった(以前から可愛いけど)。でもガツガツ度は前ほどじゃない……のか?
「なんだよ?お前も自信ないんじゃないか?」
片山がニタニタとした顔で空井を見ている。
そんな片山の顔に空井は何だか意地になって叫んだ。
「いえっ、そんなにガツガツじゃなくなりましたよっ」
「なあにムキになってんだよ?稲ぴょんがちょっとでも悪く言われるのが我慢できないってか?」
「な、どういう意味ですかっ!? じ、自分はアテンドとしてっ」
「俺はそういう意味で言ったんだけど〜?」
「っ!?」
「あれ〜?空井くんはどういう意味だと思ったのかな〜?」
してやったりな表情でそう詰め寄る片山に空井は真っ赤になって絶句した。
「そういや、稲ぴょんのために生きるんだっけ?」
「えっ!?」
「まあ広報官として、ってオチ付きだったけどな〜。でも今は違うんじゃねえの〜?」
「え、あの……」
真っ赤になってしどろもどろになっている空井に片山が更に畳み掛けようとしたが、それを比嘉が制した。
「片山一尉。もう止めておいてあげましょうよ。空井二尉が困ってますから」
そう言いながらも比嘉は笑いを噛み殺したような表情をしている。
「まったく……とんだ晩生さんだよなあ。ある意味天然タラシだけど」
「なんですかそれっ!?」
どう言う意味なんだ、それはっ!?
片山の言葉に空井は目を瞠った。
「自覚がないんだあ?でも教えなーい」
「ちょっと片山さんっ!!」
またもギャアギャアと騒ぐ空井たちを秋恵は暖かい気持ちで見ている。
秋恵は風の噂で空井の事故のことを知った。
ブルーインパルスのパイロットに選ばれながらも事故のせいでP免になったと。
しかし今の空井は生き生きとしている。
広報としての仕事に生きがいを見出したようだ。
それもきっとこの人たちのお陰なんだろう。
自分と同じようにいい職場に恵まれたんだ。そう思えた。
「稲ぴょんの存在も大きいんです」
「え?」
鷺坂は秋恵の思考を読んだように口を開いた。
「稲ぴょん、会った当初言っちゃいけないこと言っちゃって、空井激昂しちゃって」
「そうなんですかっ!?」
あの空井が激昂とは。一体何を言ったのか?
秋恵は心底驚いた。
「まあ空自や自衛隊のことはよく知らなかったし偏見もあったからだと思う。まあ稲ぴょんもその頃いろいろあってやさぐれてたってことも多少は影響しているかも知れないけど。それでそれまで死んだ魚みたいな目だった空井が、稲ぴょんに理解して貰うことから始めるんだってやる気を出してね」
まずはそこから。
その意志は確実に道を拓いた。
「そこから空井は広報の仕事に生きがいを感じ始めたんです。稲ぴょんもそれまでとは違ってこちらに歩み寄ってくれてて」
リカはちゃんと理解してくれた。自衛隊の仕事を理解しようと努力してくれているのは鷺坂にもわかっている。
それは空幕広報室のメンバー全員にも伝わっている。
「稲ぴょんは我々自衛官をちゃんと一人の人間として扱ってくれている。本当に貴重な人なんです。我々にとっても、空井にとっても」
「……そうだったんですか……」
あれだけ綺麗で仕事も出来て、それでいて強くて優しい人。
それだけではなくて、空井の心を掴んだ人。
空井が言わなくても、それは何となくわかった。
「……勝てないなあ……」
秋恵は何かを誤魔化すように、空を見上げて微笑んだ。
end