空飛ぶ広報室

□Supplement Episode 8 T
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「芳川秋恵さん、本当に可愛らしい方ですよね」
「だよなあ〜。稲ぴょんもそう思う?」
「はい」

 空幕広報室に戻って来てからリカと片山は今日初めて会った芳川秋恵の話をしていた。
 
「三次元なのに二次元並みに可愛い!!」
「三次元より二次元の方がいいってヤツのセリフだな」
 柚木が完全にのぼせ上がっている片山に横槍を入れる。
「うるせいっ!! 凡人にはわかんねーんだよっ!!」
「わかりたくもないわ」
「僕は二次元よりも三次元ですけどね」
「普通はそうだよね。やっぱ2Dよか3Dだよ。数字がデカイ」
 比嘉の意見に柚木も同意するがやや検討外れでもある。
「デカけりゃいいってもんじゃないでしょ」
 いつもの通り、槙が嘆息しながら言った。
「平面は触れないけどさ、立体は触りたい放題だよ」
 ウキウキとしている柚木に槙が更に深く溜息を吐く。
「柚木三佐……発言がオッサンです。スケベオヤジです」
「どこがだよっ!?風紀委員すぎだよっ」
 柚木と槙がまたギャアギャアと言い合いが始めた。
 そんな二人を尻目に比嘉は心底羨ましそうに空井に声をかけた。
「でもそこまで可愛い人が空井ニ尉と付き合ってらしたって」
「違いますっ、そんなんじゃ……」
「だけど新田原に異動になってなかったら付き合ってたんじゃねえの?」
 片山は先程空井が言っていたことを思い出し言った。
『新田原に異動になって、何となくそのまま……』
 確かに空井はそう言っていた。
「それはっ……」
 空井が何か言おうとしたところ、リカが淡々と言った。
「芳川さんの話じゃ随分仲が良かったみたいですよね。あんなに可愛い人と仲が良かっただけでも自慢になると思います。芳川さんも悪い気はしてなかったみたいですし」
 その表情は微笑んではいるが、何だか作ったような笑顔に見えた。
「そうだよなあ。俺なら自慢するな〜」
「実物そんなに可愛いんですか?」
「比嘉も今度見れるじゃん?」
「楽しみですね〜」
「これだから男は……」
 柚木は片山と比嘉の会話に嘆息する。
「じゃあ、私、この辺で失礼します」
 するとリカが席から立ち上がって言った。
「え?もう……」
 空井の呟きを遮るように柚木がリカに言った。
「稲葉、また電話する」
「はい。待ってます」
 リカは入り口で頭を下げて出て行った。

「空井」
「は、はいっ?」
 呆然としている空井に鷺坂は声をかけた。
「いいの?」
 鷺坂は顎でリカの方に促す。
「あ、は、はいっ」
 空井は慌ててリカを追いかけた。

「結局稲葉かその二次元か」
「二次元て……芳川秋恵さんですよ」
 柚木の呟きに比嘉が苦笑した。
「片山曰く二次元なんでしょ?」
「二次元並みな」
 片山がすかさず言った。
「二次元が三次元に勝るってのがわからん」
「だから凡人にはわかんねえんだよ」
「だからわかりたくもないっての」
「あーうるさいっ!!」
 片山と柚木の言い合いに槙が横槍を入れる。
 鷺坂は騒ぐ部下たちに苦笑しながら、空井が出て行った入り口の方を見て、小さく嘆息した。

 空井がリカに追いついたとき、リカはエレベーターホールでエレベーターを待っていた。
「稲葉さんっ」
「空井さん?何ですか?」
「あ、あの……秋……芳川士長のことなんですけど……」
「決まってよかったですね。私の方も『あしたキラリ』了承して貰えてよかったです」
 空井の言葉を遮ってリカはニコリと笑いながら言った。やはり先程のような笑顔だった。
「そうですよね……じゃなくて……」
「あ、エレベーター来たので。失礼します」
「……あ……」
 リカはお辞儀をすると足早にエレベーターに乗り込んで行ってしまった。

 言い訳……というわけではないが、秋恵とはそういう関係ではなかったということだけはちゃんと話しておきたかった。
 確かに当時秋恵のことは少しは好意を持っていたのかも知れない。
 でもそれ以上にブルーインパルスなどの飛行機の方が好きだった。
 でも今は一緒にいると心が乱されて、それでも一緒に、隣でずっと飛んでいたいと思える人がいる。
 出会って間もない頃に自分の逆鱗に触れて、でも自分の間違いは正せる真っ直ぐな人で。
 本当は情に厚くて可愛らしい人。
 空井はそんなリカに惹かれた。
 この人が好きだと、自覚している。
 だから、いくら過去とは言え、かつて自分が少しでも好意を持った人のことを知られたくないと思うのは世の常。
 だけど、今秋恵はリカの取材対象で。いろいろ知られるのは仕方が無いことなのかも知れない。
 話したところで『私には関係ありませんから』とバッサリ切られる可能性の方が高い。
 それでも言い訳をしてしまおうとする女々しい自分がいた。

 空井は減っていくエレベーターの階数表示をただジッと見つめていた。

「秋恵ちゃん……か……」
 空井は芳川秋恵をさり気なくそう呼んだ。
 それに比べてこちらは未だに『稲葉さん』。
 まあ仕方がない。出会ってそれほど時間は経っていないし仕事上だけの関係なのだから。
 そんなことはわかっているのだが、それでも少し嫉妬してしまったり……。
 それに秋恵も珠輝も言っていた通り、自分はただ空井に懐かれているだけだ。
 ……ただ、それだけだ。
 リカは下降するエレベーターの中で小さく嘆息した。


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