空飛ぶ広報室

□Engagement report R & Y ver.
2ページ/3ページ


『でもやっとかあ〜ホントヤキモキしたよ』
「すみません……お騒がせしちゃって」
 元空幕広報室の皆には気を遣わせたし、心配もさせた。
『つーか稲葉のせいじゃないよ。空井が全部悪い』
「そんなこと……」
 ない、と言おうとしたが、柚木がそれを遮った。
『あるよ。アイツのことだからさ、自分で全部抱え込んで稲葉には負担をかけさせたくないとか思ってたんでしょ。そんなこと、稲葉は望んでなかったでしょ?』
「……どうでしょう……今となってはわかりません。ひょっとしたら私だって逃げてたかも……」

 あの頃、空井の抱えているものを一緒に抱えることが出来ただろうか。
 ひょっとしたら今だから、なのかも知れない。

『そんなことは絶対にないよ』
「買いかぶりすぎです」
 リカは柚木の言葉を否定した。
『少なくともあのときの空幕のメンバーはみんなそう思ってるよ』
「……」
『稲葉は絶対に空井を支えてくれるってみんな思ってたよ』
「……」
『稲葉はもっと自分に自信持っていいよ。稲葉はいつも空井を浮上させてくれたじゃない。それはうちらの誰も出来なかったことなんだよ」
「……」
『稲葉だから出来たんだ。他の誰でもない、稲葉だったから」

 リカは空井にとってそういう存在でありたかった。
 例え女性として見られなくても、空井がエレメントと言ってくれるだけで何だか嬉しかった。
 そういう存在は、なかなか現れないものだ。
 だけど、空井とリカは同じように挫折を経験していて、そして一緒に新たな目標を持った。

『稲葉変わったもん。私ら自衛官を一人の、ただの人間として見てくれる。そんな稲葉だから松島に行って貰った』
 元広報室の皆に背中を押され、松島へ行くことにした。
 空井に会う辛さと喜びが入り混じった、何とも形容し難い気持ちだったが、それでも行く気になれたのはこの人たちのお陰だった。

『それにさ、どうせ空井がいつまでもグダグダ無駄に考え込んでんじゃないかって思ってさ。こんなときは稲葉しかいないって』
 リカは自分では役不足だと思った。繊細な空井にはずっと傍で支えられる人がいいのだと。
 本当は一緒に彼の抱えるものを抱えたかったけど、彼はそれを望まなかった。
 なのにこの人たちはこんな自分があの人に必要だと思っていてくれた。
 リカは柚木たちの気持ちに胸が詰まった。
『アイツも稲葉に甘えりゃよかったのよ。確かに辛い出来事だったけど、だからこそ一人で抱え込むことなんかなかったのに……』
「……」
 繊細な人だから支えたかった。
 でも自分のことを大事に思ってくれていたから、自分の抱えるものを一人で抱えようとした。
 リカもそのことがわかったから、空井に会わずに帰ろうとした。
『変なところで頑固だからなあ、アイツ』
「……そうですね。でも……」
 リカは一拍置いて言った。
「空井さん、ちゃんと向き合ってくれましたから」
 一緒に幸せになることを選択してくれた。
 一人で抱え込まないで、これからは一緒に抱えさせてくれる。
 ちゃんと二人、向かい合っている。
『向き合った途端に抱え込んで離さなさそうなタイプだけどなあ〜』
「……」
 リカは急に無言になった。
『何?どうした?急に黙っちゃって。もしかして身に覚えでもあんの?』
「……柚木さん……」
 ……やめて……そこはツッコまないで……。
 それが声音に出ていたようだ。
 そんなリカに柚木は笑いながら言った。
『わかったわかった聞かない。でもさ、本当によかったよ。アイツには稲葉しかいないからね。稲葉にもアイツしかいない。それに気付いてくれてよかった』
「柚木さん……」
 柚木の言葉に胸が熱くなる。
『それにしても急展開だよね〜。二年振りに再会したと思ったら結婚でしょ?あんたらの行動読めないわ』
 若干呆れ気味の柚木の言葉に、リカは小さく嘆息して言った。
「……空井さんって、実は思い立ったら吉日なところがあるっていうか……」
『勇猛果敢・支離滅裂を地でいくヤツだったね』

 実は結婚を決めた後、そのまま入籍しそうな勢いだった。

 ―稲葉さんっ、婚姻届貰いに行きましょう!!
 ―指輪、見に行きましょう!!

 などと言い出した。

 ―空井さん、それは家族や皆さんに報告が済んでからにしましょう。
 ―え?ダメですか?
 ―やっぱり報告してからだと思いますよ。空井さん。やっぱり順番変です。らしくていいですけど。
 ―そう……ですか?
 ―そうです。でも私もそんな空井さんに慣れちゃいましたけど。
 ―それって、喜んでいいんですか?
 ―いいんですよ。
 ―……そうですか?……てか、ちょっと焦っちゃいました。本当は夢じゃないかって。
 ―え?
 ―だって、稲葉さんが……僕なんかと結婚してくれるって……本当は夢で、稲葉さん逃げちゃたらどうしようとか……だからつい焦っちゃって……。
 ―……空井さん。これは夢でもないですし、私は逃げたりしませんから。
 ―そうですよね。
 ―……一生、空井さんと一緒です。
 ―稲葉さん……。

 リカが微笑むと空井は心底安心したような笑顔を見せた。その笑顔にはもう翳りを見出せなかった。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ