空飛ぶ広報室
□Boys Talk ―第5R(最強タッグ離脱?)
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「……僕、藤枝さんはずっと稲葉さんと付き合ってるって思ってて……」
空井くんがポロッと言った。
てか空井くん、『稲葉さん』になってるけど。
もしかして、かなり酔いがまわってきたか?
そう言えば片山さんは座布団を枕にして寝入っている。
おいおい……言い出しっぺが潰れてどーすんだよ……?
大体こういうときって言い出したヤツが一番先に離脱したりするんだよなあ……。
「それはさっき聞いたけど……」
先程の発言。
『……僕、藤枝さんはずっと稲葉さんと付き合ってるって思ってて……』
そう思われていただろうことは何となくわかってはいた。
「だから諦めた方がいいのかなあ……って」
空井くんは俺の言葉を遮るように言った。俺の言葉は耳に入っていないのだろうか。
「でも諦められなかったんですよ……どうしても、稲葉さんのこと諦められなかったんです……藤枝さんに悪いなあって思いながらも、想うだけならいいかなあ……なんてことまで……」
途切れ途切れだけど、少しずつ、吐露していく。
「片山さんたちにね、『奪え』って言われたときは人の幸せを壊すようなことは出来ないって思ってたけど、それでも稲葉さんを想うのをやめることだけは出来なくて……」
ホントにごめんさない……って言ってるけど、別に謝ることなんて全然ないのに。
少し涙目なのは酔ってるからか。それとも……。
「でも、それも悪いことだよなあ……とか思って、もう頭ん中ぐっちゃぐちゃで……」
ああ、あの牽制、悪いことしちゃったかなあ……。
こんなに彼のこと、悩ませちゃってたんだ……。
でも本音を言うと、大事な同期を奪うかも知れない男だったから。
自分のことを男として見ていない同期の女が、『女』になるところを見せられたから。
本当は、嫉妬していたのかも知れない……。
「……でも……付き合ってないってわかったとき、ホント嬉しくって……どうしようもないくらい嬉しくって……あんなにはしゃいだの、久しぶりだったな……」
二人が飲んでいる姿を見たとき、久しぶりに心底楽しそうに笑っている稲葉を見たような気がした。
俺と飲むときは大体が愚痴だったし。
あんなに機嫌よく飲む稲葉を見て、二人の楽しそうな様子を見て正直安堵した。
「……何か……悪いことしたよね……」
「え……?」
俺の声がやっと耳に届いたらしい。
「邪魔しちゃったみたいになって。空井くん、好みのタイプは稲葉と反対だって言ってたからさ、稲葉には仕事だけにしろって言うつもりでさ」
もし稲葉の一方通行なら、これからの仕事に支障が出る。
だから、傷が浅いうちに諦めろってことだったんだけど……。
一応アイツも仕事だけの間柄だって割り切ろうとしていたと思う。だけど、気持ちの方が強かった。それは空井くんも。
「どうやっても惹かれ合ってんだもんな。何か本物だなって逆に思っちゃったよ」
俺が笑うと、空井くんも嬉しそうに笑った。
「藤枝さんは……自分の命を捨ててでも守りたいものってありますか?」
「俺?……そういやないかも」
自分の命を捨てられるって言えることってなかなかできることじゃない。そう思うことなどなかなかない。
「自衛官である僕たちは国や国民のため……僕の場合は人ですけど……その大切な人のために命をかけることは当然だと思っています。でも自衛官としてじゃなく一人の男として、僕には本気でそう思える相手が彼女なんです。だから迷惑をかけたくなかったし、重荷を背負わすのも嫌だったんです」
だから連絡を絶った……か……。
「彼女が幸せになるなら身を引くくらい何でもないって思ってました。いや、思い込もうとしてたんです。あの日まで」
「松島で再会……」
「彼女は空と一緒で、自分にとっては憧れてやまないものでした。諦めようとしても空と同じようにやっぱり彼女が好きで……離れていれば忘れられるなんて嘘です。会えなければ会えないほど、想いは募るんです。このまま会わずに帰して後悔しない自信はなかった」
彼女は空と一緒か……。
空を飛ぶことが出来なくなっても空を思わずにはいられなかったのだろう。
それと同じで、稲葉から離れることを選択しても、稲葉を忘れることなど出来ないってことなんだろう。
「でもさ、稲葉だって同じだったんだよ」
「……」
空井くんは無言で俺の言うことを聞いている。
「稲葉もさ、よく空を見上げてたよ。空を見上げて目を潤ませて」
「……」
「寂しそうにさ。空を見なければいいって言うくせに空を見るんだ。ホント、矛盾してる」
「……」
「空を見なけりゃいいけど見ないわけにはいかない。アイツにとっちゃ空は空井くんと同じだったんだよな。忘れようにも忘れられない。そんな感じ」
「……」
いつも空を見上げていた稲葉。その視線の先にはいつも空井くんがいた。
「って!? 空井くんっ!? 何で泣いてるのっ!?」
ふと空井くんを見ると目に涙が溜まっていた。
「泣いてないですっ!!……まだ……」
まだって……泣くんだ……。
「何で?どうしたの?」
「やっぱり自分が不甲斐なくて……リカにそんな思いをさせてたなんて……そうだろうなあって思っても、彼女、何も言わないから……」
ああ、また強がってるのか?いい加減泣き言の一つくらい言ったらいいのに。旦那なんだから。
「僕のことなんて忘れて、幸せになってくれれば……なんて思ってましたけど、本当は誰のものにもなって欲しくなかった」
男なら誰でも好きな女は自分の手で幸せにしたいと思うものだ。
だけどこの男は、自分といることで好きな女が幸せになれないと思い込んで、苦渋の決断で別れを選んだ。きっと稲葉といることで空井くんは幸せになれるだろうに、自分よりも稲葉の幸せ願った。
きっと彼は一生稲葉を想いながら生きていったことだろう。
これほど深い純愛を、俺は今まで見たことがなかった。
稲葉にしても、『仕事が恋人』だと言いながら、ずっと空井くんだけを想っていたことは誰の目にも明らかだった。
それは珠輝も阿久津さんも、ともみんですら気が付いていた。
それでも誰も何も深く触れなかったのは優しさだった。
聞けば元の広報室の人たちもそうだったそうだ。
「でもさ空井くん、今は空井くんが稲葉のこと幸せにするんだろ?ならもういいんじゃない?」
「藤枝さん……?」
「稲葉さ、今すっごいいい顔で仕事してんだよ。この二年間、がむしゃらに仕事してたけど、やっぱどこか満たされてないって感じだったよ。でもさ、空井くんと一緒になってからは全然違う」
「……」
「やっぱ空井くんすげえわ。あの稲葉をここまで変えるんだからさ」
「藤枝さん……」
稲葉は変わった。空井くんと、空幕広報室の人たちと出会ってから稲葉は変わった。
仕事にも意欲を出し、恋もした。そしてその恋が一生をかける愛に変わったのだろう。
「藤枝さん、本当はリカのこと……好きだったんじゃないんですか?」
空井くんは真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
正直、その視線が痛い。
「……さあね。そんな時期もあったかもね」
微笑ながら曖昧な返事をした。そんな俺を、空井くんは少し不安そうな、それでいて強い眼差しで見ている。
今はそれしか言えない。『好き』か問われれば『好き』ではあるが、それは空井くんの言う『好き』かどうか、答えようがないのだ。
大事ではある。自分のことを男として見ていなかったことにほんの少しの不満もある。
だけどそれ以上に、ずっと友人として生きていくことの方が大事だと思えるのだから。
今思えば恋に似た感情を抱いたこともあったかも知れない。だけど今は友情でしかないのだ。
「でもさ今は違うよ。俺、純粋に空井くんと稲葉が上手くいけばいいって思ってたし。今だって、二人の子供が早く見たいって思うよ」
「!?」
俺がそう言うと、空井くんが火を噴いたように真っ赤になった。
「早く見せてよ。俺にとっちゃ甥っ子とか姪っ子とかって感覚なんだからさ」
「いや、その……」
空井くんは面白い……じゃなくて、可哀想なくらい真っ赤になっている。
「そろそろ考えてるんでしょ〜?子供」
「え?あの……えっと……」
しどろもどろになっている空井くんの態度が全てを物語っている。
「リカに……何か聞きました?」
「いや。稲葉は何も言ってないよ。たださ、取材に出たときとか子供連れとか羨ましそうに見てるって。珠輝が言ってたよ」
「そうですか……」
そう言う空井くんの顔は何だか嬉しそうだった。
「僕……リカが仕事をもっとやりたいって言うならそっちを優先したいんです。だけど、リカとの子供が欲しいって言う気持ちも正直あって……でも、彼女の気持ち、聞けなくて……」
やはり稲葉の気持ちを優先するのか。
稲葉も空井くんの気持ちを優先するところがある。ホント、似た者夫婦だな。
「多分、稲葉もそろそろって思ってんじゃない?昔っからアイツのこと知ってるけど、今まで子供のこととか会話に上ったことないし」
「……そうなんだ……」
「頑張ってガンガン励まなきゃね」
「はい……ってっええっ!?」
励むって励むって……と空井くんは真っ赤になってオタオタしている。
そんな姿に思わず笑ってしまう。
すると空井くんは真っ赤な顔のまま、でもいたずらな笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、子供が生まれたら藤枝さんのことはおじさんって呼ばせます」
おじさんときたか?
「そこは兄さんで」
「ハハッ、わかりました」
空井くんは楽しそうに笑った。
「俺はお兄ちゃんね。妹属性で」
そこへいきなりの声。
「って、片山さん起きてたんですかっ!?」
空井くんは驚きの声を上げ、 声の発生源はムクッと起きた。
「起きたんですぅ〜」
「てか何でお兄ちゃんで妹なんですかっ!? 片山さんこそどう考えたってオジサンでしょっ!?」
「何がだよっ!? 俺は永遠のお兄ちゃんだよっ!!」
いや、それは無理があるわ……と思いながらも口には出さない。
「何がお兄ちゃんですかっ!? 父親より年上のお兄ちゃんって何ですかっ!?」
「あるだろ?そういう家族だって」
無くはないだろうけど……めちゃくちゃだなあ……。
「てか論点ズレてませんっ!? そもそも男だったら妹属性なんて関係ないですよっ!?」
まあ確かに。片山さん、女って決め付けてるよな。
「そんときはそんときだ」
まったく……片山さんらしいというか……いい加減な話だ。
「それよりも僕たちの子供を片山さんの毒牙にかけさせるようなことなんか出来ませんよっ!!」
「毒牙だとっ!? ダイスケベのくせに生意気だぞっ!?」
「何でダイスケベなんですかっ!?」
「子供欲しさに稲ぴょんと励むくせにっ!!」
「あーもーそういうことは言わないで下さいっ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。
さっきまでも若干シリアスな会話は片山さんの登場ですっかり鳴りを潜めたな。
さすが片山さん。ってコトでいっか。
「てか片山さん、本当に出張だったんですかっ!?」
「出張?……ああっそうそう!!」
「何か今忘れてませんでしたっ!?」
「ん?そんなことないよ?」
「本当は僕ん家に来たかっただけでしょっ!?」
「え?いや、そんなことないよ?」
「絶対嘘だっ!! 僕ん家荒らしに来たんだっ!!」
「わかってんならいいじゃん」
「いいわけないでしょーっ!!」
ああ……また始まったよ……。
こりゃ止めなきゃ近所迷惑だな。
話を変えるとするか。
「まあまあ……あっ、空井くんと上手くいった頃の稲葉って、可愛くなったって局内で言われてたんですよ」
「……」
あれ?空井くん、目付き変わった?
「狙ってた男もいたみたいだけど……」
「狙ってたっ!?」
空井くんは身を乗り出して叫んだ。
「あっ大丈夫大丈夫!! 稲葉のヤツ空井くん以外の男に興味も何もないからっ!!」
「だって……さっきも言ったけど……テレビ局ってイケメン多いじゃないですか?……藤枝さんだって、イケメンだし……」
「いやいやっ、空井くんだってイケメンだよっ!! それに稲葉は空井くん一筋だから。それにもう結婚してるんだから」
どんなにいろんな男からのアピールも袖にしていた。眼中無し!!とでも言うように。
まあ、どうも俺と付き合ってるって本気で思ってたヤツもいたみたいだけど、こじれると面倒なのでそれは言わずにおく。
「それにほらっ!! 再会してすぐに結婚でしょ?その相手が空井くんってわかってみんな結構納得してたよ」
「え?空井のこと知れ渡ってたの?」
片山さんが目を瞠った。
「ほら、PVの件あったでしょ?あのとき噂流れてたんですよ。『稲葉が空幕広報室の男に入れあげてる』って」
「そうだったんですかっ!?」
今度は空井くんが目を瞠った。が、ちょっと嬉しそうなのは気のせいか?
ひょっとして……『入れあげてる』って部分?
今でこそ『稲葉が入れあげた空幕広報室の男』は自分で間違いないと思ってるんだろうけど、当時だったらどうだろう?
それこそ誰だ?って悶々としてたんじゃないか?そこんとこ鈍そうだし。
あの一件で稲葉の立場も危うくなった。
だけど阿久津さんの尽力もあったし、稲葉もいい仕事をしたので評価はまた上がったが。
「それもあってアイツの立場が変なことになってたんだけどね。だから力になれなかったこと、水に流してやってよ」
そんなのとっくに流しているだろうけどね。まあ一応?
「……彼女、ちゃんと戦ってくれましたから」
空井くんは微笑んだ。
「え?知ってるの?」
稲葉が上に盾突いたこと。
アイツのことだから黙ったままだと思っていたけど……。
「知ってます。あの後、坂手さんが教えてくれました」
坂手さんが?
「え?え?え?何の話?」
「そっか……知ってたのか……」
「はい」
空井くんは嬉しそうに微笑んだ。
それにしても坂手さん、結構いい仕事するよなあ……ホント、いろんな意味で。
「だから何の話っ!?」
全くわけがわかっていない片山さんの訴えが部屋に響いた。
end