空飛ぶ広報室

□If〜決意
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 リカは駆け出そうとし、空井は咄嗟にリカの手を掴んだ。

「あ、あの、どこへ行くんですか?」
「帰ります」
 何故?どうして急に?
 空井は戸惑った。
「僕、話が……」
「私にはありません」
 顔を背けたまま冷たく言い放つリカの真意が掴めない。
 空井は困惑しながらもリカに訴える。
「稲葉さんっ、聞いてくださいっ僕の話っ」
「聞きたくないですっ」
「どうしてっ!?」

 そしてその言葉にリカは顔を背けたまま叫ぶように言った。

「幸せになって欲しくないほど嫌いな人間に何の話があるんですかっ!?」
「!?」

 嫌い?誰が?誰を?

 空井は困惑し、暫く声を出すことが出来なかった。

「離して下さい」
 リカは絶句したままの空井に掴まれている手を振り払おうとした。
「い、いやですっ!!」
 空井はハッとなり、リカの手を握る力を強める。
「離してっ」
「絶対に離しませんっ!!」
 離してなるものか。もう二度と。
「私のこと嫌いなんでしょっ!?」
「っ、ぼ、僕が稲葉さんを嫌いになるはずないじゃないですかっ!?」
 嫌いになるなんて有り得ない。
 今自分がここにいるのは、この人に溢れんばかりの想いを伝える為なのに。

「じゃあ何でっ!? 幸せになって欲しくないって!!」

 リカは『幸せになって欲しくない』という言葉の意味を『嫌いだから幸せになって欲しくない』と捉えた。
 それは違う。決して違う。
 
「それは僕がっ、僕自身の手で稲葉さんを幸せにしたいって思ったからっ」
「え?」
 半ば怒鳴るような空井の言葉にリカは一瞬身体を震わせ、そして目を瞠った。
「僕の手で……稲葉さんを幸せにしたいって……本当はそう思ってたから……他の人に幸せにして欲しくなかったんです」
「……」
「だから……」
「なんでっ!!」
 無言を通していたリカが突然叫んだ。
「え?」
「なんで、そう順番がおかしいんですかっ!?」
「え?」
 
 順番がおかしい……。
 そう言えば今まで何度もリカに言われていたような気がする。
 
「私てっきり……嫌われたかと……」
 俯き、そう呟くリカに空井の胸が熱くなる。
「僕が稲葉さんを嫌いになるなんてこと、この世が滅んでもないです」
「空井さん……」
 リカを嫌いになるなんてことなど決してない。この二年、いやこの人を好きだと自覚してからずっと、リカのことだけを想ってきた。だからあのまま離れてしまったとしても、この想いは色褪せることなどなかっただろう。
「……大袈裟です……」
「大袈裟なんかじゃないですよ。それくらい、僕は稲葉さんが好きなんです」
 空井は自分でも驚くほど自然に想いを打ち明けていた。
 そして真っ赤になってこちらを見るリカに一歩近付いた。

「離れれば忘れられるって思ってました。だけど、忘れるどころか想いは募るんです」
 忘れるどころか何度も思い出す。リカという存在を。
 空井はリカの手を握る力を強めた。

「僕は稲葉さんが何よりも大事なんだって、思い知らされました」
 こんなにも誰かを想ったことなどない。眠る前に必ず脳裏に過ぎるその姿は愛しいその人だった。
 切なさで胸が潰れそうになることもあった。
「再会して、この人が本当に好きなんだって……それしか思えなくて……」
 やはりこの人が好きだと、再会して改めて感じた。
 何も出来なかったと言って泣いたこの人の身体を抱き締めたかった。

「だけどやっぱり……稲葉さんにはずっと笑っていて欲しいから……」
「……」
 リカは空井の言葉を無言で聞いている。

「基地で泣いた稲葉さんを見て、やっぱり僕と一緒にいると稲葉さんが辛い思いをするって……だからもう会わない方がいいって思ったんですけど……」
 あのとき、やはり一緒にいることは許されないのだと思った。
 いろんなものを抱えてしまった自分の荷物をリカにも抱えさせるようなことはしてはいけないと。

「稲葉さんの特番を見て……北海道のあのときみたいに気持ちが溢れてきて……もういてもたってもいられなかった」

 北海道でのリカのスピーチ。

『どんなに失敗しても、なりたいものになれなくても、人生はそこで終わりじゃない。どこからでもまた、始めることが出来る』

 あのとき、溢れてきた想い。
 今までエレメントとして一緒に走ってきたことが思い出された。
 同じように挫折して、一緒に立ち直って、一緒に走リ出した。
 この人はそれをちゃんと感じてくれているし、それを伝えようとしてくれている。
 
 ―ああ、なんてこの人が好きなんだろう。
 
 この想いを伝える術が、あの二秒のキスだった。

「それでも迷ってる自分がいて……」
 だけど本当にこの人を想う権利が自分にあるのかと逡巡した。
 自分から別れを切り出すようなことをしたくせに、あのときのように思うまま行動してしまってもいいのだろうかと。

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