空飛ぶ広報室

□If〜決意
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 比嘉がリカを呼び出してくれた。
 元空幕広報室のメンバーでお礼がしたいとの名目だという。

 待ち合わせ場所はリカのテレビ局の前の公園。
 何度かリカと二人で話した場所。

 空井が公園に着くと、既にリカの姿があった。

 二人で座ったベンチに、一人でポツンと俯いて座っている。
 空井は息を飲んだ。
 その姿は何故か消えてしまうんじゃないかと思うほど、どこか儚げに映った。
 
 今すぐに駆け寄ってこの腕に閉じ込めたい。そんな衝動に駆られそうになる。
 だけどそんな衝動を抑え、リカの元へと静かに歩み寄る。
 自分の気持ちと行動が反比例だ。
 静かに歩いているのに、心の中はどうしようもない感情の渦に巻き込まれている。

 空井はそっとベンチに座るリカの前に立った。

 すると、気配に気が付いたであろうリカが顔を上げた。

「空井さん……?」
 
 リカの顔が驚愕にも近い表情だった。
 真っ青で、見たくないものを見たときのような、そんな表情だった。
 そんなリカの表情に、空井の心は折れそうになった。
 
 もう、嫌われているかも知れない。
 だけど、告げなくてはいけないことを告げるために、ここに来たのだから。

「遅くなってすみません」
 空井は自衛官らしい綺麗なお辞儀をした。
 そんな空井を、リカは少し悲しげな顔で見た。
「空井さん……も……呼ばれてたんですか……?」
 途切れ途切れで、視線も逸らされた。。

 やっぱり、嫌われたのか……?

 それでも、、ここまで来たのだから退くわけにはいかない。

「……他の人たちは……来ません」
「はい?」
「僕と……稲葉さんだけです」

 空井の言葉にリカは目を瞠った。
 
 リカは比嘉に元空幕広報室のメンバーが集まると聞かされているのだ。もちろん空井が来るということは知らない。
 こんな騙まし討ちのようなことは卑怯だと思う。
 だけど、こうでもしなければリカは来ないと思った。

 とにかくリカと話をする。そこから始めなくては。

「あの……特番、ありがとうございました。本当に嬉しかったです」
 空井は特番の礼を言った。
「いえ……私は何も……」
「稲葉さんだからです。あんな素晴らしい番組、稲葉さんにしか作れないです。渉外室のみんなも、すっごく喜んでて……」
 放送日翌日、渉外室、いや基地内は特番の話題で持ちきりだった。
 室長の山本も、『本当に良いものを作って下さった』と少し赤い目で言った。
 皆、あの特番で泣いたのかも知れない。
 ブルーや松島基地に思い入れのある人にはもちろん、たまたま観たであろう人にも何かを感じさせるような出来だった。

「なら……良かったです……」
 リカはどこか安心したように答えた。
 リカにとっても急に取材を基地の外に切り替えたことで後ろめたさが残っていたのだろう。
 しかし、それは杞憂に終わった。
 皆、本当に喜んでくれたのだから。

 空井はリカの隣に腰掛けた。
 どう切り出していいのかわからない。
 自分の気持ちを伝えることが、こんなにも難しいことだとは思わなかった。
 あんなにも想いを伝えようと思ってここまで来たのに、いざとなるとなかなか言葉にならない。

 しかし空井は意を決したように口を開いた。

「僕は……二年前、稲葉さんに『幸せになって下さい』とメールしました」
 リカと共に生きたい。だけどそれは自分のエゴなのだと、リカへの想いを封じるために伝えた言葉。
 そして決別の言葉。
「はい……」
 リカは俯いた。
「稲葉さんは……今幸せですか?」
「……」
 リカは返事をしなかった。
 幸せではないのだろうか。それとも松島のことを伝えたあとだから、遠慮して言えないだけなのだろうか。

 空井は、リカに一瞥すると夕暮れの空を見上げた。
 何となくリカを見ていると切なくて涙が溢れそうで、それを誤魔化す為に。

 そして空井は、今まで思っていたことを口にした。

「……僕……本当のこと言うと、稲葉さんには幸せになって欲しくなかったんです」

 幸せになって欲しい。だけど、それは自分以外の誰かに幸せにして貰うということ。
 だから心のどこかで、幸せであって欲しいと思いながらもそうでなければいいという、矛盾した気持ちが存在した。

 空井はそれを正直に言った。

 しかしリカは急に真っ青な顔で立ち上がり、

「すみませんでした。もう、空井さんの前には現れません。今後、取材があっても私以外の者が伺います」
 と言ってお辞儀をした。
「え?」
「さようなら」
「え?」

 さようなら?どうして?

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