空飛ぶ広報室

□If〜決意
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『私、何も伝えられてません』

 そう言った彼女の顔は涙に濡れて、見るだけで胸が締め付けられた。


 帝都テレビの取材の日、突如基地外での撮影に切り替わった。
 基地の外にはたくさんの町の人々。
 それを呼びかけたのはリカだった。
 
 空井は溢れそうな涙を堪えるように空を見上げ、ブルーインパルスの描く軌跡を、ただ一人で眺めていた。

 ブルーが基地に戻った後、基地にやってきたのはカメラマンの坂手とアシスタントの大津だけだった。

『稲葉、外でインタビューするから基地には来れないって。済んだらそのまま帰るそうだ』
 坂手がそう言うと、空井は『そうですか……』と呟いた。
 
 空井は基地内を撮影する坂手たちに付いていたが、空井が時折見せる翳りが稲葉がここにいないということに起因しているということは坂手たちにもわかった。

 撮影が済み、基地を後にしようとしたとき、坂手は空井に向き直った。

『……空井くん。後悔だけはするなよ』
 坂手はそれだけ言って車に乗り込んだ。
『……坂手さん……』

 空井は坂手たちの車が見えなくなった後も、暫くその場に立ち尽くしていた。

 
 帝都テレビのブルーインパルスの特番が放送された。
 
 丁度休みの日であったこともあり、空井はその番組を自室で一人で見ていた。

 そこには震災当初と現在の松島基地の状況が細かく描写され、更にあのとき基地の外でブルーに手を振っていた人たちの笑顔とインタビューで構成されていた。
 
 その笑顔に胸が詰まる。
 町の人々の想いも、リカの想いも痛いほど空井に伝わった。

 どうして……。
 どうしてあなたは、いつも僕の胸を掻き乱すんですか?

 北海道でリカのスピーチを聴いたときに感じた想い。
 溢れてくる何か。

 もし隣に彼女がいたら、きっとまた二秒のキスをしてしまうかも知れない。
 それほどに彼女への想いが溢れ出した。
 でも、こんな重荷を背負いすぎた自分に彼女を幸せにする権利も、力もきっとない。
 やっぱり……諦めるしかない。
 それでも、あなたのことを想い続けることだけは許して欲しい。
 
 空井は一人、声を殺して泣いた。

 翌日、空幕広報室の比嘉から電話があった。
『空井一尉、昨日の稲葉さんの番組、見ましたか?』
「はい。もちろん」
『本当に素晴らしかった」
「……はい」
 そう思う。これは彼女にしか作れない。
『やっぱり、稲葉さんに行って貰って正解でした』  
「え?」
『自分たちが頼んだんです。稲葉さんに松島に行って貰いたいと』
「……え?」
『自分たちはこの仕事の適任者は稲葉さんしかいないと判断しました』
「……はい」
『それと、空井一尉を救えるのも、稲葉さんしかいないと』
「っ!?」
『本当にいいんですか?』
「え?」
『二度と会えなくても、後悔しませんか?』
「……」

 坂手にも言われた。『後悔だけはするなよ』と。

 後悔……。

 しているじゃないか。既に。
 
 本当にこれでいいのか?
 自分の気持ちを伝えず、逃げてるだけで本当にいいのか?

 こんなにも彼女のことが好きなのに、これ以上後悔を重ねてもいいのか?

「……既に……してます」
 比嘉の優しい声だからだろうか。素直に本音を出せた。
「後悔だらけです……」
『なら、もう一度頑張ってみませんか?』
「え?」
『やれるだけのこと、やってみませんか?』
「でも……もう他に……」
 恋人がいたら……。
 その言葉は言うことも躊躇われた。
 しかし、比嘉には空井が何を言おうとしたのかわかった。
『そのときはそのときです。でも、何もしなければそこで終わりますよ』
 空井は比嘉の言葉に目を瞠った。
「比嘉さん……」

 例え彼女に決まった人がいても。
 自分の想いだけでも告げよう。
 そうすればきっと、前に進める。

 飛行機はバックできない。

 だから、自分も……。

 空井はリカに想いを告げる決意をした。

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