空飛ぶ広報室

□If〜重なる
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「離して下さい」
 絶句したままであってもリカの手を離さなかった空井に冷たく言い放つ。
「い、いやですっ!!」
 空井は慌ててリカの手を握る力を強める。
「離してっ」
「絶対に離しませんっ!!」
「私のこと嫌いなんでしょっ!?」
「っ、ぼ、僕が稲葉さんを嫌いになるはずないじゃないですかっ!?」
「じゃあ何でっ!? 幸せになって欲しくないって!!」

 そんなの、私が嫌いだからじゃないですか!?

 その言葉は堪えていた涙が溢れ出して、声にはならなかった。
 
「それは僕がっ」
 怒鳴るような空井の声音にリカの身体は震えた。

「僕自身の手で稲葉さんを幸せにしたいって思ったからっ」
「え?」
 空井の言葉にリカは目を瞠った。
「僕の手で……稲葉さんを幸せにしたいって……本当はそう思ってたから……他の人に幸せにして欲しくなかったんです」
「……」
「だから……」
「なんでっ!!」
 リカは空井の言葉を遮るように叫んだ。
「え?」
「なんで、そう順番がおかしいんですかっ!?」
「え?」

 どうしてこうも順番がおかしいのだろう。そんなところは相変わらずだ。
 以前芳川秋恵も言っていた。彼の順番のおかしいところは何年経っても変わらないようだ。
 しかし本人には自覚がないようだ。

「私てっきり……嫌われたかと……」
 幸せになって欲しくない。そんなことを言われたら嫌われたとしか思えない。

「僕が稲葉さんを嫌いになるなんてこと、この世が滅んでもないです」
「空井さん……」
 リカを見つめる空井の目は限りなく優しい。
 その瞳には愛しさがこめられている。
「……大袈裟です……」
「大袈裟なんかじゃないですよ。それくらい、僕は稲葉さんが好きなんです」
 リカはストレートな空井の告白にみるみる顔を赤らめる。
 空井は真っ赤になってこちらを見るリカに一歩近付く。

「離れれば忘れられるって思ってました。だけど、忘れるどころか想いは募るんです」
 空井はリカの手を握る力を強めた。
「僕は稲葉さんが何よりも大事なんだって、思い知らされました」
「……」
「再会して、この人が本当に好きなんだって……それしか思えなくて……」
「……」
 リカは無言のまま空井を見つめる。
「だけどやっぱり……稲葉さんにはずっと笑っていて欲しいから……」
「……」
 リカは空井の言葉を無言で聞く。

「基地で泣いた稲葉さんを見て、やっぱり僕と一緒にいると稲葉さんが辛い思いをするって……だからもう会わない方がいいって思ったんですけど……」

『僕が、稲葉さんに出来ることは、他にもう、ないんです……』
 そう言って頭を撫でられた。
 あのとき、胸が詰まって涙が止まらなかった。
 この人は抱えるものが多すぎて、私にそれを抱えさせたくなくて、だから……。
 リカも空井の心を汲み取って別々の道を歩くことを決意した。
 だけど、想うだけは許されるだろう。
 そう思っていた。

「稲葉さんの特番を見て……北海道のあのときみたいに気持ちが溢れてきて……もういてもたってもいられなかった」

 北海道のあのとき……二秒のキス。
 リカはそのことを思い出し、恥かしさに思わず俯いた。

「それでも迷ってる自分がいて……でもそんなとき、比嘉さんから連絡を貰ったんです。本当にこのままでいいのかって」

 比嘉さんが……?
 今でも連絡を取りやすい立場にいるのは比嘉なのだろう。
 多分、鷺坂や柚木の、あのときの広報室の皆の思いを、比嘉が託されたのだろう。

「やっぱり駄目だって……このままじゃ、やっぱり駄目だって……」
 空井はリカの腕を握っていない方の手をグッと握り締めた。

「でももし稲葉さんに今恋人がいるなら、幸せなら……告白してきっぱり振られようと思って今日来ました」
 空井はリカを見つめた。真摯な目で。

「……恋人なんて……いません。本当に幸せでもないです……」
 リカは目を伏せたまま呟いた。
 そして顔を上げて訴えるように言った。
「だって空井さんがいないのに、幸せになんてなれるはずないじゃないですかっ!!」

 空井のことを忘れられるはずがない。
 自分たちはエレメントだ。
 そう言った空井のことを、どうやって忘れられるというのか。

 空井は涙を流しながらそう言うリカの顔を切なさと愛しさを込めた目で見つめ、そして意を決したように声を上げた。

「僕っ、稲葉さんのこと、幸せに出来るかどうかわからないけどっ」
「私の幸せはっ」
 リカの声に今度は空井が目を瞠る。
「私が決めます」
 泣き笑いの顔で高らかに宣言するリカに、空井は満面の笑みを浮かべる。
「はいっ!!」

 空井はリカの腕を引き寄せ、抱き締めた。

「稲葉さんっ、僕は稲葉さんを本当に幸せに出来るかわかりません。それでも稲葉さんと一緒に人生を歩みたい」
「私の幸せは……あなたと一緒に生きることです」
 リカは空井の首に手を回し、空井の肩に顔を埋める。
「……僕はもう逃げません。あなたを絶対に離しません。同じ過ちはもうしません。だから結婚して下さい」
「……はい」
 
 空井の宣誓にリカが応えた。
 二人は固く抱き合い、想いを確かめ合った。


 夕暮れに二人の影が重なる。

 それと同じように二人の気持ちも重なった。

 そして二度と、離れることはない―。


 end
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