空飛ぶ広報室

□If〜重なる
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「空井さん……?」
「遅くなってすみません」

 スーツ姿の空井は相変わらず綺麗なお辞儀をした。
 相変わらず惚れ惚れする。
 だけどリカはそんな感情も押し止める。

「空井さん……も……呼ばれてたんですか……?」

 なら断ればよかった。
 会いたいけど会いたくない人。会いたくないけど会いたい人。
 
 会ってしまうと、切なくて胸が潰れそうになってしまう人。

「……他の人たちは……来ません」
「はい?」
「僕と……稲葉さんだけです」

 どうして?と言う言葉は声にはならなかった。

「あの……特番、ありがとうございました。本当に嬉しかったです」
「いえ……私は何も……」
「稲葉さんだからです。あんな素晴らしい番組、稲葉さんにしか作れないです。渉外室のみんなも、すっごく喜んでて……」
「なら……良かったです……」
 比嘉と同じことを言われた。そう思われていることは素直に嬉しいと思う。

 少しでも全国に松島の現状と、町の人々のブルーインパルスに対する想いを伝えたかった。
 視聴率も評判も良く、リカの想いは少しでも伝わったのだと安心もした。

 だけどまだ終わったわけではない。微力ながら役に立てればと思う。
 今後、自分ではない他のディレクターが取材に赴くことになろうとも、陰ながら力を尽くせればと。

 空井はリカの隣に腰掛けると、暫く逡巡していたが意を決したように口を開いた。

「僕は……二年前、稲葉さんに『幸せになって下さい』とメールしました」
「はい……」
 その話はあまりしたくはない。
 その言葉は空井からリカへの決別の言葉なのだ。
 それを今、面と向かって言われたら、どう立ち直っていいのかわからなくなる。

「稲葉さんは……今幸せですか?」
「……」
 リカは答えることが出来なかった。
 空井に幸せかと問われて、どう答えていいかわからない
 自分の幸せは空井と共に生きることだった。
 空井の痛みも、全て分かち合いたかった。
 だけどそれすら拒絶されたのだから。

 しかし空井は、リカに一瞥すると夕暮れの空に視線を移した。

「……僕……本当のこと言うと、稲葉さんには幸せになって欲しくなかったんです」
「っ!?」
 
 リカは俯いたまま目を瞠った。

 幸せになって欲しくない?

 そんな風に思われるほど、それを口に出すほど、私はこの人に嫌われてしまっていたのか……。
 この人が私の幸せを願って別れを切り出したと思っていたのは勘違いだったのか。

 リカは打ちのめされた。
 みるみる溢れ出す涙を堪え、リカは俯いたまま顔を上げられなかった。

 膝の上で拳を握る。その拳が小刻みに揺れた。
 しかし、空を見上げたままの空井はそれには気付かない。

 そんなに嫌いなら、何故今日ここへ来たのだろう。
 嫌いな人間に敢えてダメージを与えるようなことは絶対に言わない人だと思っていたのに。
 
 空井の真意が全く掴めない。

 リカは身体の震えを止めることが出来ずにいた。

 もう、早く立ち去りたい。

 リカはあんなにいたいと思っていた空井の隣にいることすら辛くて、震える足を踏ん張るようにして立ち上がった。
 そして涙を堪えて空井にお辞儀をして言った。

「すみませんでした。もう、空井さんの前には現れません。今後、取材があっても私以外の者が伺います」
「え?」
 キョトンとしたままの空井にリカは無理矢理笑顔を作ってみせると、すぐに踵を返した。

「さようなら」
「え?」
 駆け出そうとしたリカの手を空井は咄嗟に掴む。

「あ、あの、どこへ行くんですか?」
「帰ります」
「僕、話が……」
「私にはありません」
 顔を背けたままのリカに空井は困惑した。
「稲葉さんっ、聞いてくださいっ僕の話っ」
「聞きたくないですっ」
「どうしてっ!?」
 リカは未だ顔を背けたまま。

『どうして?』
 何故『どうして』なんて聞けるの?

 そして一番言いたくない言葉を発する。

「幸せになって欲しくないほど嫌いな人間に何の話があるんですかっ!?」
「!?」
 空井は絶句した。空井のその様子にリカは図星なのだと思った。

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