空飛ぶ広報室
□If〜重なる
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『僕が、稲葉さんに出来ることは、他にもう、ないんです……』
彼にそう言われて、私は全てを諦めた。
松島での取材は基地内の撮影は坂手たちに任せ、リカはブルーインパルスの帰還を心待ちにしていた人々や町へ出向いてのインタビューに専念した。
帰りの新幹線の時間ギリギリまで取材をし、そのまま空井に会わずに帰京した。
後日、渉外室の山本宛に基地の外での取材に切り替えた謝罪の電話をし、その代わりに良いものを作りますと宣言すると、
『自分たちも基地の外でブルーを見ていてくれたたくさんの人たちの声に励まされました。これも稲葉さんのお陰です。本当にありがとうございます。良いものを作って下さることを期待しています』
と、優しい声音で言われた。
そして『空井に代わらなくてもいいですか?』と問われたが、リカは『いいえ、結構です』と言って電話を切った。
何となくではあるが、山本も空井とリカの間で何かあるのではないかと思っているであろうことは、その声音から感じ取れた。
それからリカは編集作業などに追われ、忙しい毎日を送っていた。
どうしても良いものを作りたい。
まるで何かに取り憑かれたように連日残業をしてまで編集作業を続けるリカに阿久津も珠輝も休みを取るように促したが、リカは絶対に首を立てには振らなかった。
そして放送日。
特番は好評だった。
視聴率も良く、リカの評価も上がった。
しかし、リカはそれに納得することなく、より一層仕事に専念するようになった。
その姿は周囲の人々には痛々しくも映った。
『もしもし比嘉です』
ある日、空幕広報室の比嘉から電話があった。
『特番、素晴らしかったです。本当にありがとうございます』
「いえ、私は大したことはしてませんから」
『あんな素晴らしい番組は稲葉さんにしか作れません』
「買いかぶりすぎです」
『そんなことないです……稲葉さんにしか、出来ません』
「……」
そんな風に言われると涙が出そうになる。私は何も出来なかったのに……。
比嘉の言葉に胸が潰れそうになる。
『それでですね、稲葉さん』
「……はい」
『是非、お礼がしたいです。鷺坂室長を始め、元の空幕広報室のメンバーで稲葉さんにお礼がしたいので是非時間を作って頂きたいのですが』
「私は仕事でやっただけです。お礼なんてそんな……」
『みんな稲葉さんに会いたいんです。それじゃ、駄目ですか?』
「そういうことなら……」
リカは快諾し、後日日付と時間をメールするとのことで電話を切った。
そして届いたメールには局の前の公園で待ち合わせだと書かれていた。
りん串ではないのだろうか?
珍しいなと思いながら、当日になった。
待ち合わせの日。
公園のベンチに腰掛け、皆が来るのを待った。
待ち合わせの時間にはまだ少し早いけど、誰かしら早めに来るだろうと思っていたのだが誰も来る様子はない。
「まあ、少し早いし」
そんなことを呟きながら、このベンチで空井と話したことを思い出す。
携帯を忘れて持ってきて貰ったこともある。
『記者って職を失ったんじゃなくて、ディレクターって職を新たに得たと考えるの、どうですか?』
そう言われて前向きに考えられるようになれた。
『間違いだったんです』
泣きそうになるのを堪えて、お互いの立場を考えてそう言ったこともあった。
全ては過去なのだ。もう忘れなくては、これから前には進めない。
だけど、空井との思い出はどんなことも鮮明に思い出せる。
切なくなって俯く。
すると、自分に人影が差した。
顔を上げると、そこには松島にいるはずの空井が立っていた。
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