空飛ぶ広報室

□キスの理由
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「稲葉さんっ!!」
「はい?」
「二秒っ、下さいっ!!」

 空井はそう言うと、あのときと同じようにリカの唇に自分の唇を落とした。

 二秒後。唇を離すと、リカは頬を赤らめて上目遣いで見ている。

「……空井さんの基準は二秒なんですか……?」
「ロックオンまでの時間なんで」
「……もう撃ち抜かれちゃってるんで今更だと思いますけど……」
「そっか。でもきっと、撃ち抜かれたのは僕の方が早いと思います」
 
 ニッコリと笑う空井にリカの胸は大きく高鳴る。

「空井さん……反則です……」
「何がですか?」
「その笑顔……ドキドキします」

 一旦開いた乙女心の引き出しは、全開になったまま閉じることを知らないようだ。
 普段可愛くない自分からは考えられないほど素直で可愛いセリフをポンポンと放つ。
 正直恥ずかしくて死にそうだけど、言いたくて仕方がない。

 空井はリカから可愛いセリフを聞けたことに嬉しくて胸が熱くなる。
 普段男前な稲葉さんがこんなに可愛いこと言ってくれるなんて。

 羞恥で目を伏せたままのリカの身体を優しく抱き締める。
 
「稲葉さんの方が可愛いです。こんな可愛い人が僕の妻になってくれるなんて。幸せすぎて何か悪いことが起こるんじゃないかって逆に不安になってしまします」
 
 幸せすぎて不安になる。
 不幸慣れしているわけではないけど、幸せになろうとすると何かが起こっているような気がする。
 だからこれほど大きな幸せを感じたとき、何か起こるのではないかと思ってしまう。

 不安に揺れる空井の顔をリカは強い目で見上げると、それに比例するような強い声音で言った。

「馬鹿です。空井さんは」
「え?」
「もう悪いことなんて何も起こらないです。今まで空井さんは辛い体験をたくさんしてきたんですから。だからもう幸せになるしかないんですよ」

 幸せになるしかない。

 ブルーインパルスのパイロットになる夢を絶たれ、あの震災を経験し、自らとは言え最愛の人との別離。

 それだけの経験をしてきた。これ以上試練を与えられるはずなどない。

「私が守りますって言ったでしょ?だから空井さんは何も心配することもないんです」

 強い目は空井の心を貫いた。

 ああ、この人は何て強くて、優しいんだろう。

 先程とは打って変わって男前なリカに空井は満面の笑みを向ける。

「稲葉さんさえいれば、もう何も怖くありません」
「私もです。空井さんさえいればもっと強くなれます」
「これ以上強くなっちゃうんですか?」
 空井は苦笑した。
「まだまだです!! なんたって自衛官の妻になるんですから」
「じゃあ僕もテレビ局のディレクターを支える強い夫にならないと」
「期待してます」
「任せておいて下さい」

 二人は微笑み合った。

「稲葉さん。僕はあなたに世界一幸せにして貰ってますけど、僕があなたを世界一幸せにしますから。一緒に世界一幸せになりましょう」
「はい」

 空井とリカは固く抱き合った。

 この人さえいれば。

 これからはもう、不安に揺れることなどない。


 end
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