空飛ぶ広報室

□キスの理由
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「……空井さん……好きだって思ったら、すぐキスしちゃう人なんですか……?」

 恐る恐る聞いてみる。すると空井は、

「そんなわけないじゃないですかっ!! そんな風に思ったの稲葉さんだけですよっ!!」

 空井は握り拳を作って訴えた。
 心外だなあ〜と、ちょっとプリプリした感じで。
 また似合うんだけど……恐るべし空井大祐。

 それにしても……。
 
「……空井さん、いくら何でも順番おかしいですよ……」
「え?」
 
 自覚なしっ!?

 リカは胸中で叫んだ。

「だって普通は雰囲気でとか、好きだとか言ってからじゃないですかっ!? あのときそういう雰囲気じゃなかったし、私、空井さんに好きだとか言われたことなかったですよっ!?」
「ああ!! そうでしたね。あの頃の僕って稲葉さんは藤枝さんと付き合ってないってわかって嬉しくてちょっとテンパってたかも知れません。僕、スタートラインにさえ立てないって思ってたから」
「だからって……」

 空井の順番がおかしいのはわかってたことだったが。
 だからと言って言葉をすっ飛ばしていきなりキスとは。

 やはり空井大祐恐るべし。

 しかしとんだフライングだ。スタートラインにすら立てないと思っていた男が、実はフライングでゴールテープ切っちゃった、みたいな。

 しかもその手を引いてゴールテープを切ったのは自分みたいなものではないか。

 何か照れくさくて、言葉を求めなかった自分も悪いのかも知れないが、あの瞬間まではただの取材対象としか見ないでおこうと必死に気持ちを抑えていたことは否めないが。

 しかし、あのキスの後、空井の手を取ったことは自分なりの返事だったとリカは思っている。

「で、でもっいきなりキスは変ですっ!! 下手したら殴られますよっ!!」
 
 今度はリカが握り拳を作って訴える。
 しかし空井は、

「でも稲葉さんは殴らなかったでしょ?」
 と、何でもない風にのたまった。

「そ、そうだけどっ!! 私じゃなかったらどうなってたかっ」
「別に稲葉さん以外にする気ないんで」
「っ!?」

 この人、涼しい顔で何言っちゃってんのっ!?
 ああもう心臓がもたない。

 ニコニコと、真っ赤な顔のリカを嬉しそうに見ている空井が、とんでもなく食わせ者に感じた。

「……空井さん……とんでもない天然タラシですね……」
「そうですか?そんなことないでしょ」

 キョトンとする空井に、リカは真っ赤なまま嘆息した。

「……私、ものすごく心配かも……」
「なんでですか?」
「空井さんが天然タラシすぎるからですっ!! 他の女の子がコロッといっちゃいそうで……」

 あの芳川秋恵ですら『空井は自分のことが好きだと勘違いしそうになった』と話していたのだから。

「何言ってるんですか?僕の方が心配ですよ。稲葉さん可愛いから、いろんなイケメンが稲葉さんにちょっかいかけてきたらって……」
「有り得ないですよ」
「有り得なくないです」
「有り得ないですっ。もし誰かが来るようなことがあったって、私の気持ちは揺るぎませんから」

 だって二年もあなたのことだけ想って頑張れたんですよ。

 そう言うリカに空井は目頭が熱くなる。

 そりゃ幸せになって欲しいと連絡を絶ったのは自分だけど。
 そんな自分のことを、二年も想ってくれていたなんて。

 気持ちを確認し合ったけれど、それでも何度聞いても泣きそうになるくらいに嬉しい。

 涙目モードに入った空井を見て、リカは目を瞠ったが、すぐに目を細めた。
 
「空井さん。また泣いちゃいます?」
「泣きませんっ」
「いいですよ。泣いても。また撫でててあげますから」

 リカはそう言うと優しく微笑んで空井の頭を撫でた。

 ヤバイ……稲葉さん、めちゃくちゃ可愛い……。

 すると空井にスイッチが入った。


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