空飛ぶ広報室

□彼女が彼を変えた
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「おはようございますっ」
 
 その日、どこか憑き物が落ちたような面持ち……どころかどこかウキウキとした雰囲気を漂わせている空井が渉外室に現れた。

「おお空井。まとまった休み取るんだろ?」
 空井の姿を見つけるなり、渉外室室長の山本が満面の笑みで言った。

「は?自分、休暇の申請してませんけど」
 キョトンとした顔でそう言う空井に山本は一瞬怪訝な顔を見せるも、すぐに笑みを浮かべて言った。

「なあに言ってんだ?上京するのに一日じゃ駄目だろ?」
「上京?」
「鷺坂さんに聞いてるぞ。空井にまとまった休みをやってくれって」
「何でですか?」
 まだキョトンとしている。子供のような仕草だな、おい。と苦笑する。

「何でってお前、向こうの親御さんに挨拶したりとかいろいろあるだろ?」
「……はい?」
 尚もキョトンとしている。あれ?違ったのか?

「結婚するんだろ?お前」
「えっ!? 何で知ってるんですかっ!?」
 大袈裟に、いや、本人にとっては大袈裟でもなんでもないのだが、傍から見ればかなりのオーバーアクションで空井は仰け反った。

「鷺坂さんに聞いたぞ。何で早く言わないんだ?」
「何で鷺坂室長が知ってるんですかっ!?」

 何故鷺坂から山本に話がいっているのだ?まだ誰にも言っていないのに。

「今は室長じゃないけど……まいっか。鷺坂さんがどうにか休暇の融通してやってくれって」
「はあっ!?」
「あれ?結婚しないのか?」
「しますっ!! しますよっ!! するに決まってるじゃないですかっ!!」

 一度諦めた恋だった。
 抱えるものが多すぎる自分と一緒にいると彼女が幸せになれないと思い、彼女から離れる選択をした。
 連絡さえしなければ忘れられると思った。
 だけど、いつも心のどこかにリカがいて、ふとしたときにリカの顔が過ぎる。
 どうしても忘れることなど出来ないと、改めて思い知らされた。
 
 鷺坂に背中を押され、リカの元へ走った。

 忘れられるはずなどなかった。
 彼女は自分の、エレメントなのにっ!!

 リカも同じように思ってくれていた。彼女も自分を目掛けて走ってくれていた。

『稲葉さんのことっ、幸せに出来るかどうかわからないけどっ』
『私の幸せはっ、私が決めますっ』

 ああもうこの人には一生勝てない。

 最初から彼女の幸せが自分とは違うところにあると決め付けていた自分が馬鹿だった。
 一度でもそれを彼女の確かめようとしなかったくせに、勝手に先走っていた。
 
 そうだ。彼女の幸せは彼女が決めるんだ。
 そして、自分の生涯のエレメントでいることを選んでくれた。

 もう二度と離すものか。空井は心の底から誓った。

 
「まさかなあ、あの美人がお前となあ〜先に言えよ〜恋人だって〜」
 山本はニタニタとしている。
 一見晩生そうな空井があんな美人を恋人にしていたとは。

「いや、あの日までは違ったんですけど……じゃなくてっ、え?え?」
 あたふたと、真っ赤になって言う空井だが、あの日まで恋人ではなかったと言ったか?
「恋人じゃなかったのにもう結婚か?お前も見かけによらず大胆だなあ!!」
 やるな〜。そんなことも言いながらも、相変わらず真っ赤な空井をからかうように言う。
「いえ、これでもずっと我慢してたんで……ってそうじゃなくてっ!!」
 何かちょいちょい本音出てないか?などと思いながらも、山本は嬉しく思う。

 空井の上官として空井の過去は知っている。
 ブルーインパルスのパイロットに選ばれながらも交通事故でその夢を絶たれた。
 そして震災。
 
 志願してここに来てからの空井の仕事ぶりはただがむしゃらで、何かを考えないようにしているようにも見えた。
 だけど今ここのいる空井は、彼女が来る前までの空井とは違った。

 空井を変えてくれたのは彼女だったのか。
 
「そうかそうか。よかったなあ、念願叶ったか」
「ありがとうございます……ってそうじゃなくってですねっ!!」
 
 照れながら頭を掻いて礼を言う空井だったが、すぐに素に戻る。

「おーい!! これで空井も既婚者の仲間入りだぞー!!」

 山本は渉外室のメンバーに声をかえた。
 するとその場にいた全員が空井の元に駆け寄った。

「おおーっ!! おめでとうっ空井一尉っ」
「あのべっぴんディレクターかっ!? やるなーお前もーっ」
「羨ましいなー、あんな美人がっ」
 
 その祝福の言葉が空井に火を点けた。

「でしょ?ああ見えて稲葉さん、美人なだけじゃなくてすっごく可愛いところがあって。会った頃はガツガツだったんですけど、だんだん笑顔とか見せてくれるようになって。ホント可愛いんですよー稲ぴょん」

 気を良くした空井は心底嬉しそうに話し出した。

「稲ぴょん?」
「鷺坂元室長が付けた渾名なんですけど、『‘いなば’っ、でお願いしますっ』って怒ってたんですよー。でも気が付いたら普通に稲ぴょんで反応してるんですから〜。そんなところも可愛くてっ」
「……可愛いか?」
 
 コイツ随分その『稲ぴょん』にご執心だな。

 と、その場にいた全員は同時に思った。

「可愛いですよー!! 稲葉さんは何をさせても可愛いですっ!! 僕ダーツで負けちゃったんですけど、稲葉さんのダーツをする姿、ホント素敵で。僕、見惚れちゃいましたよ」
「いや、そこは勝っとけよ。男なんだから……」
 と誰かが呟いたが、そんな言葉も空井の耳には入っていない。

「勝てたら稲葉さんとデートできたのに……あ、名目はお酒を奢るってことだったんですけどね。でもその後に二人で飲みに行って……稲ぴょんて連呼したら稲葉さんすっごく慌てて駆け寄ってきて。あのときのちょっと困惑気味の稲葉さんも可愛かったな〜……あ、そうだっ!! 今度リカぴょんって呼んでみようかな?怒るかな?でも真っ赤になるんだろうなぁ……可愛いだろうなぁ……真っ赤になって怒るリカぴょん」
「……」

 いちいち語尾にハートマーク付いてねえか? これっていつ止まるんだ? てか誰か止めろよ……。

 と、やはりその場にいる全員が同時に思った。


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