踊る大捜査線

□非日常的日常
1ページ/3ページ


「だーかーらーっ、何で盗っちゃったわけ?」
「……」

 しくじった。
 本当に出来心だった。ついってヤツだ。
 初めての万引きで捕まってしまった。
 本当なら親か学校に連絡してその場で帰されるのだろうけれど、俺はだんまりを決め込んだ。すると警察に連絡されて、今湾岸署の刑事課とかいうところに連れてこられた。
 取調室にでも入れられると思っていたのに、普通のデスクというのだろうか、そこでお説教を食らっている。
 
 そのお説教をしているというのが女の刑事。
 しかも妊婦だった。
 
「こんなことしたってね、いいことなんて何にも無いわよ。てかさ、名前くらい言いなさい。あるでしょ?名前」
「……」

 親を呼ばれるのは厄介だ。学校なんてもっと厄介だ。ならこのままずっとだんまりを決め込んでやる。

「……はあ〜……あのね、これって結構体力使うのよ」
「ならやめればいいじゃん……」
「あのね〜……」
「何やってんの?」
 何だか急に刑事らしき男が割り込んできた。
「万引き。今お説教してるとこ」
 妊婦さんはその男の人を見上げて言った。
「あのね〜……君は妊婦なんだよ?予定日すぐなんだよ?何無茶してんの?課長〜何ですみれさんにやらせてんすか〜?」
 刑事さんは大袈裟に振り返って制服の中年の男の人に声をかけた。
「だって中西係長も森下くんも他のみんなも他の被疑者の取調べで手が空いてないんだよ」
 その人は手を顔の前で組んで困ったように顔をしかめた。
「少年課は?」
「今日に限ってバタバタしてる。今日は祝日だからねえ」
「じゃあ課長がやってくれりゃいいじゃないっすかあ?」
 刑事さんは非難するように制服の人に言った。
「僕?僕はねえ、誰かさんがいっつも書類遅れちゃうからねえ〜その分すっごく忙しいわけ」
「何?青島くん、まだ書類溜める癖抜けてないの?」
 すみれさんと呼ばれた妊婦の刑事さんは青島って呼ばれた刑事さんに言った。
「そうなんだよ〜、すみれくん、何か言ってやってよ〜」
「青島く〜ん、ホンットいい加減にしないといくら温厚な課長でもいつかキレちゃうわよ」
「そうだよ〜僕だってキレちゃうよ〜?」
「……すみません……でした」
 刑事さんはかなり申し訳なさそうに頭を下げた。

「……じゃあ俺がやりますけど……いいですよね?」
「出来るならお願い」
 刑事さんが少し遠慮がちにそう言うと課長と呼ばれた人はニッコリと笑った。
「わかりました……て、そういやすみれさん、何でここにいるの?」
「あのねえ、誰のせいであたしがここにいると思ってんの?」
 すみれさんはそう言って机に置いていた紙袋を持ち上げた。
「あ……俺のせいね……ありがとうございます」
 刑事さんはまたも申し訳なさそうに頭を掻いた。
「でもね、もう片付いたからね?今日はちゃんと帰れるよ」
「そう?じゃあこれ、無駄だったかしら?」
 すみれさんは青島さんを半眼で睨んだ。
「無駄じゃありませんっ!! 本当に助かりますっ早速着替えます!!」
 青島さんは今にも着替えそうな勢いだ。
「帰るんなら着替えなくていいじゃない?」
「いやいやいや、片付いたって言っても仕事は終わってないからね。やっぱ身だしなみはきちんとしないとね」
「誰も見てないけどね」
 あたふたとしている青島さんにすみれさんは間髪を入れずにツッコんだ。
「あのね……」
「こりゃ失敬」
 しれっと言うすみれさんに青島さんは苦笑した。
「まったく……とにかく後は俺がやっとくから。君は早く帰りなさい。予定日明日なんだから」
「わかったわよ。まあ調子良かったしちょっとは運動になるかと思って来ただけなんだけどね」
「いやいや……ちょっとは大人しくしててくれると助かるんだけど……」
「まったく。だんまり決め込んでもいいこと無いのにさ」
 青島さんの嘆きを見事に聞き流したすみれさんは俺の方を見てハア〜っと溜息を吐いた。
「まあね、複雑なお年頃だからね」
 青島さんは人懐っこそうな笑顔で言った。

 この青島って人、ニコニコと随分愛想のいい刑事だ。本当に刑事なんだろうか?
 てか二人ってもしかして?

「係長ーっ、判子お願いしまーす」
「はいはーい。ちょっと待ってて。すぐ済ませてくるから」
「うん」

 係長なんだ。じゃあちょっとは偉いんだ。

「で、名前。名前くらい言いなさい。彼が来るまでそれくらいは教えて?」
「……エイジ」
「エイジくん。で、名字は?」
「名前って言ったじゃん」
「ああ言えばこう言うってヤツね。思春期ってヤツは大変ね」
 すみれさんと呼ばれた妊婦さんはハア〜と溜息を吐いた。
「……オバサンさ」
「なんですって?」
 思いっきり睨まれた。その眼力は……結構……凄い……。
「コラコラ、オネーサンって言わないと妊婦でも回し蹴りされちゃうよ」
 突然さっきの係長の青島さんが声をかけてきた。
 目敏い……じゃなくて、地獄耳か。
「青島くん?」
「こりゃ失敬」
 何かテンポがいいな。この二人。てかやっぱり……?

「オバサ……オネーサンさ」
「なに?」
 オバサンと言おうとしたからか、ギロリと睨みながらこっちを見た。
「産休ってヤツ、取んないの?そんだけ腹デカイのにさ」
 かなりデカイと思う。小さい身体で重い腹を一生懸命に抱えている、と言った風だ。
「産休中よ。しかも明日が予定日なの。だけどね、ここ今人手が足りないの。だから特別にあなたの話聞いてるの。わかる?」
「……」
「ほっといて帰ってもよかったんだけどね、ほっとけないじゃない。これも警察官の性ってヤツなの。ホント、困っちゃうわね」
「……」
「だからね、これ以上手間取らせないでね?」
 そう言って笑うすみれさんって刑事さんに何だか薄ら寒いものを感じた。

「えっと……」
 そろそろ白状しようかなと思ったとき、
「うっ……」
 すみれさんがお腹を押えて蹲った。
「どうしたの?」
「痛い……」
「えっ!?」
「産まれるかも……」
「ウソッ!?」

 思わず大声を出して立ち上がった。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ