踊る大捜査線

□Christmas card 〜A ver.〜
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 クリスマスイブ。

 我ながらごちゃついていると呆れてしまうデスクの引き出しが、この日に限って妙に気になった。

 少し整理した方が良さそうだな、と胸中で呟いて見ていると、「係長、その引き出しどうにかした方がいいですよ。デスクの上もですけど」と言う夏美さんの声が聞こえた。
 今そう思ってたんだよねと、曖昧に笑みを返すと大きく嘆息された。

 とりあえず気になったので引き出しを探ってみる。いつの書類だ?と言いたくなるような不要な書類や物で溢れかえっている。
 さすがにこれは酷いな、と思いつつ整理していると見慣れないカードが一枚出てきた。

 自分が入れたものではない。何だろうと訝しく思いつつも、何故か心臓が大きく跳ねた。

 淡い紫がかったブルーのカード。綺麗な色だった。
 そっと、そのカードを開く。

 中のメッセージが目に入った途端、先ほどとは比べ物にならないくらいに心臓は跳ねた。

 無記名だったが、このメッセージの送り主はすぐにわかった。

 自分が今ここにいて欲しいと願ってやまない相手。
 その字を自分が見間違うはずがない。絶対に彼女だと確信した。

 彼女はこのカードをいつここに入れたのだろう。
 最近か。それともずっと前か。

 でもきっと、彼女がここを去ろうとしたそのときなのだろう。

 自分が気が付かなかったら、彼女はどうするつもりだったのか。
 このメッセージを残したまま、自分の傍から去ってしまおうとしたのか。

 そんな彼女を思うと胸が潰れてしまうかと思うほどに痛んだ。

 彼女がいなくなるなんてことは考えられなかった。考えたくもなかった。

 一度この腕の中で失いかけたこの命は取り戻すことができたし、ずっと傍にあるのだと信じて疑っていなかったから。

 でもそれはただの傲慢だった。
 彼女の痛みも苦しみも、そして悩みも、何一つわかっていなかったのくせに、自分こそが彼女に一番近い人間なのだと高をくくっていた。

 彼女にとって弱音を吐ける男ではなかったのに、彼女はこんな自分にこんなメッセージを残してくれようとしたのか。

 この言葉は自分から告げるべき言葉だった。

 曖昧だけど居心地のいいこの関係を壊すことを躊躇っていたが為に晒すことの出来なかった彼女への想い。
 それはずっと自分の中で燻っていて、確かに存在していたのに。
 だけど、ずっと彼女と一緒にいたかったから口に出来ずにいた。

「青島さん?」
 胸がいっぱいになって、カードを手にしたまま動けずにいる自分を怪訝に思ったのか和久くんが声をかけてきた。
「え?」
「どうしたんですか?」
「え……いや、何でもないよ」
 曖昧に笑みを返す。
「そう……ですか?」
「うん。何でもないから」
 そう言ってカードを胸ポケットに仕舞うと、係のメンバー全員からの視線を感じた。
「な、なに?」
「何でもなくないですよね?」
 と、夏美さんは何故か睨んできた。
「完全に固まってましたよ」
 バナナを握った緒方くんが言った。
「さっきのカード。関係あるんじゃないですか?」
 栗山くんはパソコンのキーボードを叩きながら言った。
「アオチマ、吐ケ」
 王さんは立ち上がって指差してきた。
「……すみれさん……でしょ?」
「っ!?」
 和久くんの言葉に目を瞠る。

「今日は定時で上がって下さい。それで決着、つけてきて下さい」
 和久くんはそう言うと微笑んだ。
 他のメンバーを見ると、皆同じように微笑んでいる。

「でも……」
 係長である自分が部下にそんな気遣いをされていいのだろうか。そう思ったが……。

「これは僕たちからのクリスマスプレゼントです。今日は何があっても青島さんを定時で帰そうって。課長の許可も取ってありますから」
 和久くんの言葉を聞いて課長の方を見ると、課長は微笑んで頷いた。

「これはすみれさんへのプレゼントでもあるんですよ。青島さんが私たちからのプレゼントを届けて下さい。不甲斐ない上司でもそれくらいのおつかいできるでしょ?」
「不甲斐ない……」
まあ確かにそうだ。それは否定できない。
「こりゃ失敬。それから……」
 夏美さんは笑いながらわざとすみれさんの口癖を言うと、引き出しから紙袋を取り出すとこちらに差し出してきた。
「これ、あのときすみれさんが返してきたブルーレイです。いつでもいいって言っておいて下さい。何年でもいいですって。その代わり、ここで返して下さいねって」
 そう言って笑った。

 それをそっと受け取る。

「……わかった。ありがと……みんな」

 皆、微笑んでいた。

 ふとまわりから視線を感じ見渡すと、刑事課にいる全員どころか、刑事課を覗き込む他の署員や一般の人からも微笑まれていた。
 そこには何故か署長の真下の姿も。
 その顔がニヤニヤとしていていやらしい。

「青島さん、定時ですよ。お疲れ様でした」
 その言葉を何故か真下が言った。
 真下にまで話がいっていたらしい。

「あ、はい……お疲れ様でしたっ!!」

 皆に注目されている。あまりの恥ずかしさに居た堪れなくなって、慌ててカバンとコートを掴むと刑事課から逃げ出すように飛び出した。
 署員たちからの「お疲れ様でした」と言う声の後に、この署らしい喝采が聞こえたような気がしたが聞かなかったことにする。

 逃げ出した先は屋上。
 そこは彼女の体調を知り、本音に触れようとした場所。

 だけど、彼女が弱音を吐けない男だと思い知らされた場所。

 ここでカードを開く。
 
 ここに書かれていることは自分も同じだ。

 その想いを、今日こそはっきりと、この口から告げる。

 携帯を手にし、その番号を呼び出す。

 何回かコールをした後、電話が繋がった。

「すみれさん……」

 そのカードに書かれたメッセージ。


『メリークリスマス やっぱり愛してる』


 俺も同じだよ……すみれさん。


 会いたい。君に会いたい。

 この想いをはっきりと告げる為に。

 仲間たちがくれたクリスマスプレゼントと共に。

 今から君に会いに行くから―。


 end

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