踊る大捜査線

□Imitation coupleV 〜本音〜
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 閉店後、店じまいを終えたすみれはふいに口を開いた。

「今日も演技が冴えてたわね」
「へ?」
「アレよ。お見合いの話よ。一瞬焦っちゃった」
「あ〜アレね……」
 青島は頬を掻きながら視線を泳がせる。
 ついムキになってしまった。今思うと結構綱渡りだったような気がする。
「でも相変わらずあることないことベラベラと出てくるわねえ。口八丁手八丁ってヤツ?」
 すみれはそう言うと意地悪くニッと笑った。
「ちょっと!! それはちょっと違うでしょ!?」
「こりゃ失敬」
 すみれはおどけながら言った。
「……まあ、ほとんど本音だし」
 青島は呟やくように言った。
「何?何か言った?」
「いいや。それよりさ」
 頭を振りながら、青島は思い出したように口を開く。
「うん?」
「室井さんとの見合いってホントの話なの?」
「まだ言ってるの?だから断ったって言ったじゃない。室井さんだって全然その気じゃなかったから、お見合い自体成立してないわよ」
 うんざりとしながらすみれはぼやいた。
「……そうなんだ」
 途端ホッとした顔をした。すみれは気が付いていないが、その場にいた和久は気が付いていた。
(結構素直ですね、青島さん……顔に出てます)
 などと胸中で呟いてみるが本人に伝わるわけもなく。ただ二人の会話を聞くことにする。

「ホントいい迷惑よ」
「真下のヤツも何考えてんだか」
「ホントよねえ〜」
 よりによって何故室井さんなんだ?今度とっちめてやる。青島は心に誓った。
「で?」
「ん?」
 青島は顔をすみれに近付ける。
「断った本当の理由は?」
「へ?」
「何だったの?俺がいるから、でいいの?」
 青島はニヤッと笑った。
「なっ!? 何言ってんのよっ!? あれはあの場の勢いでしょっ!?」
 すみれは真っ赤になって叫んだ。まあ、そんな顔で言われても説得力はないが。
「じゃあ何?」
「べ、別にいいじゃないっ!!その気がなかったってだけなんだしっ!!」
 すみれはしどろもどろになって答えた。
「ホントに?」
「本当よ!!」
 すみれは怒鳴るように言った。


 ―俊ちゃんがいるのにお見合いなんてするわけないじゃない?

 チラッと見せた心の奥に秘めた本音。
 
 目の前の彼は先程冗談めかして言っていたけど。

 あたしの本音なんてどうせ気付いていないんだろうけれど。

 すみれは小さく嘆息する。

「それにしても今日は真下に振り回された日だったな」
 青島は首をコキコキと鳴らした。
「ホント。雪乃さんはともかく、真下くんはもう来なくていいわよ」
「でも雪乃さん、前より強くなってるね」
「母は強しよ」
 鳩尾に一発入れて真下を引き摺って帰る。さすが雪乃さん!!と青島とすみれは思ったが和久は少し薄ら寒いものを感じていた。
(あんなにキレイな人なのに……刑事ということもあるんだろうけど。それにしても署長……情けないです……)
 と思ったことはそっと心の奥に秘めておこう。

「さあて、俺たちも飯にするか。今日は俺が作る日だよな。たっぷり愛情込めて作ってやっからな。待ってろよ、すみれ」
「期待してるよ、俊ちゃん」
 気合いを入れるように腕まくりをする青島にニコッと笑いかけるすみれ。
 まだも続く擬似夫婦の芝居。どこかしらラブラブ度が増しているような気がするのは気のせいだろうか。何だかいつも以上に甘い雰囲気を醸し出しているような気がする。
 そんな二人を見ていると顔が熱くなる。

「あ、僕のは愛情は込めなくていいですから」
 和久はうんざりして言った。
 正直これ以上あてられるのは勘弁して欲しい。
 本当に擬似夫婦なんだろうか?といつも思う。
「何言ってんの?和久くん。君のも込めちゃうよ。大事な大事な従業員なんだから」
「そうよねえ〜和久くんがいないと俊ちゃん困っちゃうもんね。サボれなくて」
「何言ってんだよすみれ。俺はサボってんじゃなくて情報収集だよ」
「さあ、どうだか」
「まったく……信用ねえなぁ」
 困ったような顔をすみれに向ける。
「そんなことないよ。信用してるわよ俊ちゃん。あなたがいないとこの仕事やってらんない」
 すみれはそんな青島に綺麗な笑顔を向けた。その途端、青島の顔がパアっと明るくなる。
「そうだろ?いつもそれくらい素直だったらいいんだけどなあ〜」
 笑いながら言うと、すみれは更に綺麗に笑った。
「あら?いつも素直よ?ねえ、早く俊ちゃんの愛情たっぷりの晩ごはん食べたい」
「はいはい。ホント素直だね、うちのカミさんは」
 などと言いながら楽しそうな青島とすみれ。

(……夫婦じゃなくて何なんですか?これは……)
 和久は今日もいつも思っていることを胸中で呟く。
 本当の新婚夫婦のお宅にお邪魔しているような気になってくる。

 本当に演技なんだろうか?いや、これは本音だ。このやり取りは二人の本音だ。間違いない!!

 和久はまだ一人前とは言えないが、それでも多少なりとある刑事の勘でそう思った。

 そんなことを思って二人を見ていると、ふと、すみれの表情に憂いが浮かんでいることに気が付いた。
 すみれは台所に立つ青島の背中を切なげに見つめている。

 和久はすみれが抱えている秘密を知っている。
 酔った勢いですみれが話してしまったことだ。
 そのことを青島に言えないことを憂いているだろうことはわかった。
 
(きっと、大事すぎて言えないんだ……)

 そんなすみれの想いを感じ、和久は切なくなった。

(伯父さん……何とかして下さい)

 もういない、二人の最大の理解者である伯父に願った。



 ごめんね、青島くん……お見合いを断ったもうひとつの本当の理由……それをあなたにはまだ言えそうにない……。


 end
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