踊る大捜査線

□Imitation coupleV 〜本音〜
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「それにしても、あたしに室井さんとお見合いさせようとしたくせに何あれ?」
 突然訪ねてきた真下夫妻を見送った後、憮然とした顔ですみれは小さくぼやいた。
 その小さなぼやきに青島が反応した。
「何それ?聞いてないけど」
 一瞬怒気の篭もったような声音だった。
「あれ?言ってなかったっけ?」
 キョトンとした顔で何でもない風に言うすみれに青島は少しムッとしながら聞いた。
「聞いてないよ。室井さんとお見合いって何のこと?何で言ってくれなかったの?」
「別に言う必要ないでしょ?」
「……そうだけど……じゃなくて、何で室井さんなの?」
「知らないわよ。真下くんに聞いてよ」
 すみれはうんざりとしながら言った。
 どうせ政略結婚だ。まともに取り合っていられるか。
「それで? 受けたの?」
「ちょっ!! ここ店だからっ!!」
 青島とすみれは捜査のために重点張り込みで唐揚げ屋の店主夫婦になっている。言わば演技だ。
「そんなことどうでもいいよ。それで? 受けたの?」
「ちょっとっ!!」
 焦るすみれに青島は詰め寄る。

 事の発端は湾岸署の署長、真下とその妻、雪乃が開店祝いと称して訪ねてきたことだった。
 
 自分の命令にも関わらず青島とすみれの結婚が嬉しいと店先で散々騒ぎ、雪乃に鳩尾に一発で黙らされ引き摺られて帰って行った。
 そんな真下だったが、少し前にすみれに見合い話を持ってきた。
 それが室井との見合いだった。
 どうせ断ったのだし、そのことを別段青島に言う必要もないとすみれは黙っていたのだが、今は別に支障はないだろうとそれを口にした。
 すると途端青島が食いついた。
 客に聞かれると厄介だとばかりに止めようとするが後の祭り。青島は『唐揚げ屋の店主の俊ちゃん』ではなく、普段の、素の『青島俊作』に戻っていた。
 和久も呆れた顔で『配達行ってきまーす』と出て行った。これでは誰に頼っていいのかわからない。

「なになに、どうしたんだい?」
 客の一人が何やら揉めている唐揚げ屋の(擬似)おしどり夫婦に声をかけた。

「すみれさっ……うちのヤツが俺との結婚前に他の男と見合いしてたって言うからよっ!!」
「ちょっとっ!?」
「そんなこと一言も言ってなかったじゃねえかっ!? しかも相手が室井さんだなんてよっ!!」
 口調が唐揚げ屋の店主モードになった。
 先程はすみれが室井と見合いをした、という事実に心が乱れ思わず素に戻ってしまった。
 しかし後には戻れない。ここまでやったらトコトンやってやる。半ばヤケクソ気味でもあるのだが。
 青島は『唐揚げ屋の俊ちゃん』にシフトチェンジし、同じく『唐揚げ屋のおかみさんのすみれ』に対して言った。

(モードが変わった?まったく……いくら切り替えが早くても焦るじゃないのよ……)
 すみれは小さく嘆息する。

「アンタがいつまで経っても煮え切らないモンだからお見合いしてやったんだよ!!」
 すみれも唐揚げ屋のおかみさんモードに切り換えた。

「そりゃあ穏やかじゃないねえ」
「そんで?相手はどんな人だったんだい?」
 今いる客のほとんどがこの夫婦の揉め事を興味津々で見ている。

 この夫婦、傍から見るだけでも仲がいいとわかる。
 しょっちゅう喧嘩めいたことをしているけれど、それは単なる痴話喧嘩。
 しかし、今回はただ事ではなさそうだ。
 いつもはあっさりしている亭主の方が少しばかりエキサイトしているようにも見える。

「前の職場のずっとずっと上の人ですよ。さっき来てた彼が持ってきたんです」
「へえ」
「さっきの彼はこの人とあたしの後輩になるんですけどね、御曹司なモンで会社の上の人にも顔が利いてね。この人がいつまで経っても煮え切らないし、あたしもいい年齢だし、その人との見合いを持ってきたんですよ」
 すみれの方もあることないことをそれらしく話した。
 まあ設定上若干の脚色はあるが、そんなに間違ってはいない……と思う。

「へえ〜いい男だったのかい?」
 中年の女性が身を乗り出して聞いてきた。
 女はいくつになっても恋バナというものが好きなのだ。
「ええ、いい男でしたよ。エリートってヤツでね」
「いい男?」
 青島の米神がピクッと動いた。
「そんな立派な人だったのかい?」
「立派でしたよ。こんな煮え切らない亭主と違って」
 ギロリと睨むことも忘れずに言う。
「煮え切らない煮え切らないって……」
 青島はボソッと呟くように言った。
「煮え切らないから15年もかかったんじゃないの?」
 そんな青島のボヤキにすみれは半眼で睨みながら返す。
 ここまできたらほとんど本音。
「俺だってな、タイミングってモンを計ってたんだよ!!」
「それで15年かいっ!? そんなにタイミングを計るのって難しいもんかいっ!?」
 もうほとんど売り言葉に買い言葉。二人ともだんだん自分でも収拾が付かなくなっているのがわかる。
 それでも今までの鬱憤か。言わずにいられなかった。

「ああ難しいよっ!! オメエはいつまで経っても仕事仕事だし、俺より仕事を愛してるし。そりゃあ俺だってそんなお前が好きだったけど、お前は一つのことしか出来ねえ不器用モンだから、もういいって言うまで仕事させてやりたかったんだよっ!!」
「え……?」
 真摯な青島の目。すみれの胸が高鳴る。

「すみれ……そういう理由だったんだよ……俺だって、本当はもっと早くに……」
 すみれの手をとり、青島は言った。
「俊ちゃん……」
 すみれは僅かに瞳を潤ませている。
「……あたしだって……ずっと待ってたんだから……」
「すまなかったよ……それで?本当は見合いなんてしてないんだろ?」
 青島はそう言ってすみれの目をジッと見つめた。
 すみれも目を潤ませながら青島の目を見つめる。
「してないよ。すぐに断ったよ。室井さんだってそんな気なかったんだから」
「そうか……」
 途端ホッとしたような顔を見せた。
「俊ちゃんがいるのにお見合いなんてするわけないじゃない?」
 すみれは微笑みながら言うと、青島も優しげに微笑んだ。
「そうだよな」
「そうよ」
 
 その瞬間、喝采が起こった。

「いや〜熱いねえ〜一層仲が良くなったんじゃねえのかい?」
「雨降って地固まるだねえ」
「ヘヘッ」
「ヤダッ、もう」

 青島は照れながら頭を掻き、すみれはそんな青島の袖を引っ張って笑っていた。

 それは見るからに新婚おしどり夫婦だった。

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