踊る大捜査線

□Imitation coupleU 〜来訪者〜
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「そ、それにしても青島さんっ!! 僕は嬉しいですっ!!」
 気を取り直すように唐突に真下が叫ぶ。
「え?何が?」
「こうしてお二人が夫婦としてやっているところを見ることがですよっ!! 僕はどれだけこの日を待ち望んだことかっ!!」
「……そう?」
「そうですよっ!! あなたたちにはどれだけ心を砕いてきたことかっ!! 早くこうなって欲しいとどんなに望んできたことかっ!!」
 握り拳を作り力説する。正直ウザイ……と青島夫妻と店員の和久は内心思っていた。
「おお旦那、いいダチを持ったじゃねえか!!」
 と、店先のベンチでたむろしている客の一人が言う。
「でしょっ!? 僕は彼らのことが心配でっ!! いっつもいっつもヤキモキさせられてたんですよっ!!」
「へえ、旦那、そんなに嫁さんを待たせたのかい?見かけによらず晩生なんだねえ」
「そうなんですよっ!! この人ほんっっっとに晩生で!! それに比べて僕は頑張ってこの妻を手に入れたんですけど」
 誰もお前の話なんか聞いてねえよ!! と、青島はやはり胸中で叫ぶが、そんなこと真下には伝わるはずもなく。
「へえ、そうなんかい!? やるねえ兄ちゃん。こんなベッピンさんを」
「いやあ〜」
 照れたように頭を掻く真下はその後も調子に乗っていろいろ話し始めた。
 この店主夫婦の話から自分の妻と子供たちの自慢まで。
 店主夫婦は揃って呆れて店のショーケースに突っ伏しているし、店員の和久は引きつった笑みを浮かべている。
 しかし客は真下の話を面白いものを聞くかのように食いつき気味で聞いている。
「それでね〜」
 すると調子に乗った真下の肩を満面の笑みにどす黒いものを背負ったような雪乃が叩く。
「あなた、もうご迷惑よ。そろそろお暇しましょう」
 よく見ればその米神には青筋が……。
「そうだぞ真下。ほら、子供待ってんじゃないの?」
「そうよ真下くん。ほら、雪乃さんの言うこと聞かないと……」
 雪乃の様子にこれから起こるだろうことを予想しているような青島とすみれの二人はおざなりに声をかける。
「だってね、だってね僕ぁお二人が結婚したことが嬉しくって……」
(だから君の命令でしょ?)
 この店主夫婦、実は刑事だ。重点張り込みで夫婦を演じているのだが、それを命じたのはこの湾岸署の署長、真下。
 なのに命じた本人がこの擬似夫婦に興奮し、この体たらく。
「……」
 雪乃さんがっ!? ああ、だんだん暗雲が立ち込めてる……。
「真下くんってば!! 雪乃さんがっ」
 これ以上は……。不穏な空気を察したすみれが真下に注意を促すが、
「結婚ですよっ!! この二人がっ!!」
 全く聞いていない。
「……」
(ヤバイって……)
 青島とすみれが同時に思った途端、
 ドカッ!!
「うっ……」
(あっちゃ〜……)
 他の客にわからないように真下の鳩尾に雪乃の拳がクリーンヒットした。
「あれ?どうしたんだい?兄ちゃん」
 いきなり座り込んで悶絶する真下に客は心配そうに声をかける。
「すみませ〜ん、ちょっと興奮しすぎて具合悪くなっちゃったみたいで〜。もう失礼しますね〜。じゃあすみれさんに青島さん、また来ますね」
 雪乃はそう言って真下の襟首を掴んだ。
「またね」
「今度は雪乃さんだけで来てね!!」
 青島とすみれは手を振って雪乃を見送った。

 悶絶した真下は雪乃に襟首を掴まれ、ズルズルと引き摺られていく。

「何かいいよねえ……」
 すみれの呟きに和久が反応する。
「え?どこがですか? 僕はちょっと結婚が怖くなりましたけど……」
 和久は見てしまった。雪乃が真下の鳩尾に一発入れるところを。
 しかもその後ニッコリと笑って真下を引き摺って去って行った。
 確かに雪乃は産休中の刑事ではあるが……。
 夏美といい擬似とはいえ今は青島の妻であるすみれといい、湾岸署の女性……人妻は強い。というか、女性とはこういうものなのだろうか?女は結婚すると変わると聞くが本当なのだろうか?
 和久の憧れというか妄想の中にある『夫の帰りを心待ちにしているフリフリのエプロンを着けた妻の図』は脆くも崩れ去ろうとしている。

「青いな。和久くんは」
「え?」
「あれはあれで幸せなんだよ。ああやって奥さんの尻に敷かれるのも喧嘩できるのも、お互いが気を許してるってことで実は平和で幸せなことなんだよ」
 青島は去って行く二人に視線を向けたまま言った。
「そうなんですか?」
「えらく実感してるわね」
 すみれは横目で青島を見る。独身のくせに。という心の声が聞こえた。
「何言ってんの?俺もそうだからだよ」

 だって今は君と夫婦でしょ?

 青島はすみれに満面の笑みを向ける。

「…………そっか」
 すみれは青島の言いたいことがわかったのだろう。小さく微笑んだ。
「俊ちゃん、あたしのお尻に敷かれてるんだ?」
「まあね。俺もそれはそれで幸せだし?」

 青島とすみれは顔を見合わせて微笑み合った。

 そんな二人を見て、和久はやってられないと呟いて真っ赤になりながら頭を振った。

 ズルズルと引き摺られていく真下。だけど痛みが引いたのか、引き摺られながらも満面の笑みでこちらに向かって手を振っている。
 雪乃もそんな真下の腕を取り、こちらを向いて微笑みながら会釈した。

 青島とすみれはそんな二人に小さく手を振る。

「なんだかんだで、本当に幸せなのよ、あの二人。旦那がバカでもね」
「そうだね」
「うちと同じ。旦那がバカ」
「なんだって?」
「こりゃ失敬」
「うちのカミさんは気は強いし口やかましいからねえ〜」
「なんですって!?」
「こりゃ失敬」
「なによっ!?」
「なんだよっ!?」
「……また始まったよ……」

 和久の呟きも耳にも入らず、またも痴話喧嘩が勃発。

(まあ、これでも幸せってことなんだろうな……擬似夫婦だけど……)

 和久は店主夫婦を見て呆れがちに嘆息した。


 end
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