踊る大捜査線

□dwell
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 彼と床を共にするようになって知ったことだけど、彼は意外と寝相がいい。その代わりと言っていいのか、こうして自分を捕らえるとなかなか離さないのだ。
 最初は困った。一旦熟睡すると起きない彼の腕に絡めとられ、動きたくても動けなくて正直どうしていいのかわからなかった。
 でも何度もこの状態を経験すると、意外にも自分に順応性があるのか慣れてしまった。
 逆に彼の束縛がないと落ち着かない自分がいる。
 その腕は妙に安心する。
 後ろから抱え込まれているけれど、何とか向きを変えることは成功した。
 彼とは向かい合う形になって、彼の胸に顔を埋める。
 トクントクンと心地いい音が耳に響く。
 ああ、生きてる。
 かつて自分の膝の上で取りこぼしたと思ったその命。実は三日寝ていないために爆睡していただけだけど。それでも一瞬でも彼を失うかも知れないと、胸が潰れそうな思いでどうにかなってしまいそうだった。
 だからだろうか、こうして彼の鼓動を聞いているだけで落ち着く。
「……すみれさん……?」
「あ、起こしちゃった?」
「ん……だいじょうぶ……」
 彼はそう言ってあたしを抱く力を強める。
「帰ってきたの、気が付かなかった」
「すみれさん、よく寝てたからね。寝顔見てたらあんまり可愛くて起こせなかった……」
「……見てたの?」
「見てました」
 ヘヘッと笑う彼に嘆息する。一緒に寝ていても寝顔を見られるのはさすがに抵抗がある。
「シチュー、食べたよ」
「そう?」
「美味しかった」
「自分の方が美味しいって思ってんでしょ?」
 憮然とした顔で言ってやる。
「そんなことないよ。君の料理は愛が込められてるもん」
「なにそれ」
 クスッと笑うと彼は鼻先であたしの髪を撫でてきた。
 確かに愛は込められている。今まで気持ちを伝えられなかった分、目一杯愛は込めているつもりだ。
「すみれさんを抱いてると落ち着くなあ……」
「そう?」
「ちっちゃくて俺の腕の中にすっぽり納まって、あったかくてさ……」
 彼の腕の力が少し強まった。
「心臓の音を感じてるとさ……ああ、すみれさん生きてるんだって思って嬉しくなる……」
「青島くん……」
 同じなんだ。あたしたちは同じだ。
 同じようにお互いを目の前で傷付きその命を失うかも知れないという恐怖を味わった。
 だから、同じようにお互いの心臓の音を聞いてるだけで落ち着くのだ。
「青島くんじゃなくて俊ちゃんだって……」
 彼はあたしが『青島くん』と呼ぶとすぐに『俊ちゃん』と呼べと言う。自分はさっきから『すみれさん』と呼んでいるのに。お互い長年の癖みたいなものだから仕方がないけど、唐揚げ屋のときのやり取りが忘れられないらしい。
「こりゃ失敬」
「全く……早く慣れてよ?」
 声に力が無くなっている。相当眠いのだろう。
「はいわかりました。俊ちゃん」
「はいよろしい。それよりさ、いつもより体温高いね。熱でもあるの?」
「……そう?気のせいよ」
 彼は意外と敏感だ。少し体温が高いだけなのに気が付くなんて。まるであたし専用の体温計だ。
「大丈夫?」
「大丈夫よ」
 心配させまいと笑って言う。

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