踊る大捜査線

□君の生まれる日
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「そうだよね……本当の意味での愛の結晶だね」
 心の底からすみれとお腹の子が愛しい。その思いが溢れ出て、思わず抱き締めようと手を伸ばした途端、
「……なんかそのセリフ、クサいんだけど」
 顔を歪めてそう言われた。
「ちょっと!このいい雰囲気壊しちゃう?」
「こりゃ失敬」
 相変わらずおどけて言うすみれに苦笑する。まあ照れ隠しだということはわかっているが黙っておいてやる。
「まったく……ホント、いい性格してるよね。君は似ないでね」
 冗談めかしてすみれの腹を撫でる。
「そういう俊ちゃんだっていろんな意味でいい性格してるけどね」
「どういう意味?」
「さあ?」
 とぼけたように言う。
「なんだよ?」
「はっきり言っていいの?」
 何かを含んだような顔をして青島の顔を見る。
「言ってごらん?」
 どうせ捜査バカとか言うんだろ?などと余裕癪癪で構えていると、
「目撃者が美人だったりしたら態度変えちゃうとことか?レースクイーンに鼻の下伸ばしているところとか?」
「いや、あれは……」
 そう言えば見られてた。すみれには何もかも見られている。それこそいろんなところを。
 若かったから仕方がない。いや、今もそういうところもあるか……だって男だし……。
 今はあまり触れられたくない。同僚だった頃はともかく、今は妻であるすみれにその辺のことを触れられると何だか少し居心地が悪くなる。
「人間だものねえ〜?この子が男の子だったらどうしよ?父親に似ちゃうとたいっへん」
 女の子に無駄に優しかったりねえ〜などと半眼で言われた。正直耳が痛い。
「そ、それを言うんだったらね、女の子だったら母親に似て食いしん坊になっちゃうよ。上目遣いで男にたかったりさ。もう大変だよ」
 こうなれば反撃だとばかりにそれを持ち出す。
「なんですって!?」
「なんだよ」
 睨み合う。
「……」
「……」
「……プッ」
「ハハハハッ」
 すみれが吹き出し、青島も笑い出した。
「まあどっちに似ても最高だ」
「信念だけは曲げない子になっちゃうね」
「曲げなさ過ぎて親としては大変だよ」
「自覚はあるんだ?子供は困るけど自分はいいんでしょ?」
 すみれはいたずらな笑みを浮かべて言った。
「まあね」
 青島はそう言って微笑むと、目の前のすみれを抱き締めた。

「11月24日はあくまでも予定日だけどね。前後するかも知れないけど、やっぱりあたしはこの日がいい」
 青島の腕の中ですみれは言った。
「……そうだね。俺もこの日がいい」
 青島もすみれの言葉に頷く。

「だってさ、男の人にあんなに強く抱きしめられたの初めて、だっけ?てことは、この日が初めて俺が君を思いっきり抱きしめた日だってことだもんね?記念日だよね」
 青島はわざと明るく言った。こういう風にすりかえていくことで、嫌な記憶を少しでも塗り替えられたら、と思う。
「……なんかいやらしい」
 汚いものでも見るような目で言う。
「なんでだよっ!? 言っとくけどね、あのときは下心なんかなかったからねっ!? 今はともかくっ」
 今はともかくなんだ……。すみれは少し顔を赤らめる。
 まあ、夫婦だしね……。子供も出来たしね。照れるところじゃないわね。
 とは思ってもやはりまだ少し慣れない。15年間のプラトニックな関係はやはり伊達ではなかったというところか。

「どうだか」
 そんな自分の心境を誤魔化すようにぶっきらぼうに言う。
「信用ねえなあ〜」
 すみれの心境にも気付かず、困った風に頭をガシガシと掻く。
「そんなことないわよ?パパ」
 そんな青島にすみれはニッコリと笑いかけて言った。
「パパかあ〜」
 思わず顔がニヤける。パパ……自分がパパと呼ばれる日が来るとは。
「男でも女でもどっちでもいいからさ、いい子を産んでね、ママ」
「当然」
 自信満々に答えるすみれの綺麗な黒髪に、青島は頬を寄せた。


 君が生まれるなら、この日がいい。
 零れ落ちそうになった尊い命を、必死に抱きしめてこの手に取り戻した日。

 そして君のパパが君のママを心の底から愛しく、大事だと思った日だから。
 

 青島は胸中で我が子に語りかけると、すみれを抱く力を強めた。


 失いかけて取り戻した命。この命が心の底から尊くて愛しいと思えた日。

 だからこの日がいい。

 二人の間に宿った命が、この世に生まれてくる日ならば―。


 end
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