踊る大捜査線

□日常的非日常
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「何?さっきから。意味わかんないんだけど?」
「鈍いわね。俊ちゃんは」
 キョトンと首を傾げる青島にすみれは苦笑する。
「そんなこと……ない……と思うけど……?」
 自信なさげに僅かに目を泳がせる。
「20年。その数字って何想像する?」
「20年……?」
 すみれの問いかけに青島は腕を組んで熟考する。
「……………………成人式?」
 すみれの顔を見て言う。すみれはいつの間にか青島の背中に抱きつく形になっている。
「ホントに鈍いわね。どれだけ時間かかってんのよ。まあ式は余計だけど」
「え?……成人って……まさか……」
 胸が高鳴る。
「まさかって?」
 わざと知らない振りをする。
「まさか……え?え?え?マジ?」
「なにが?」
 目を瞠る青島をからかうように返す。
「え?だって……?」
「なにかしら?」
 すみれはニッコリと綺麗に笑った。
「ホント、意地悪だね」
 お手上げ、といったように青島は苦笑した。
「そうかしら?」
「そうだよ」
 これまでの会話から想像するに……そうでしか考えられない。それなのにわざとからかうようにはぐらかす。
「フフフ」
 青島の反応が面白いのか、楽しげに笑うすみれの吐息がくすぐったい。
「……ねえ、本当に?」
 青島はすみれの身体を支えながら自分の身体をすみれの方に向ける。二人は正面で向かい合った。
「そうねえ……本当よ。嬉しい?」
 優しげに微笑みながら、すみれは肯定した。
「嬉しいなんてもんじゃなくて……その……」
「うん?」
 反応を見逃さないようにすみれはジッと青島の顔を見つめる。
「感動した」
「感動?」
「だって……ここにいるんでしょ?これってもの凄いことなんだよ?」
 青島はすみれの目を真っ直ぐに見て満面の笑みで力説する。
「そうね」
 すみれはそんな青島を見て微笑む。
「どうしよ……なんか泣けてきた」
「ヤダ、いい大人の男が何言ってんのよ」
 目を潤ませる青島を見て、すみれも何だか泣きそうになった。
 泣けてくるほど喜んでくれてる。
「だってさ、俺たち大概いい年齢じゃない?ホントは欲しいって思ってたけど、いろいろ難しいかな?って思ってたから……」

 青島は青島でいろいろ考えていた。若くして結婚したわけじゃなくて、まわりの人間に言わせたら『15年間無駄にした』と言われる年齢での結婚だったからだ。
 しかし本人たちは全く無駄だとは思っていない。自分たちには必要な時間だったと思っている。そのお陰で多少年齢は重ねてしまったが。

「そんなことないわよ。あたしが若いし」
「……」
「ちょっと」
「こりゃ失敬」
 相変わらずの反応。でも何だかこのやり取りはいつだって安心できる。
「でもさ、長いよ、20年は。最低でも20年なんだからね。大学行ったら22年よ?」
「大丈夫だよ。余計に燃えてきた」
「……青島くんが燃えると不安だわ……」
 わざと頭を抱えるようにして言ってやる。青島がやる気を出したときはろくなことにならない。
「なんでよっ!? てか俊ちゃんだって」
「はいはい……」
 まだそこに拘るか……確かに結婚して名字で呼ぶのも変よねえ……と思ってもつい出てしまう。
 長年の積み重ねだから勘弁して欲しいとは思うが。

「そっかあ……ここにいるんだなあ……」
「うん」
 青島はすみれの腹を愛しげに撫でる。
「ありがとね」
 そう言ってすみれの身体を抱き締める。
「授けてくれたのは俊ちゃんじゃない」
「そうだけどさ、でも君がいないと無理だったんだよ?」
「そうね。あたしたちじゃないとこの子に会えなかったんだよね」
 優しげに笑うすみれは既に母の顔だった。
「そうだよ」
 青島は更にすみれを抱く力を強める。
「でも身体は大丈夫?」
 昔の傷の後遺症のことが気になる。最近は刑事というより内勤の仕事を増やして貰っているので、前ほどきつくはないようだが気にはなる。
「大丈夫よ。結婚してから調子いいし。それに母は強しね。何か痛みなんて気にならなくなった」
 完全に母の顔でそう言うすみれに青島は少し安心した。
「でも無理はしないでね」
「わかってるって」
 それでも不安は残る。その分、自分が彼女を支えなくてはいけない。青島は更に強く心に誓った。

「早く出てきてくれないかなあ」
 早く顔が見たいと思うのも本音。
「まだまだよ。ゆっくり親になりましょ」
「うん」
 青島とすみれは幸せに浸りながら抱き合う。
「ねえ、音って聞こえるかな?」
「まだでしょ。まだ二ヶ月だからね」
 すみれはクスクスと笑う。その振動が何だか心地いい。

「てかさ、今日病院行ってきたの?なんで言ってくれなかったの?」
「だって違ったらがっかりさせるじゃない?」
「まあ……そう……かな。でも結果オーライだからいっか」
「そーゆーこと」

 抱き合っていると、まだ聞こえない鼓動も聞こえてくるような気がした。


 日常の中の非日常。

 今日の非日常は明日から日常になる。


 end
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