踊る大捜査線

□ずっと一緒に
2ページ/3ページ


 屋上から一緒に戻る途中、ふいにすみれが言った。

「ホント、指輪はいいのよ。安い物じゃないんだしさ。青島くんだって安月給だし、タバコやら時計やらモデルガンやらで散財してんでしょ?それにビールの請求書だってあるし」
「……痛いトコつくねえ……」
 こりゃ失敬、とおどけるすみれだが、すみれの指摘はほとんど正しい。青島ははあ〜と大きく溜息を吐く。
「ただでさえこのペンダント貰ってんだし。ホントいいんだって」
「いやダメだ。ぜってえ買ってやっかんな!」
 まるで捜査に出るときのような目。
 青島がこの言い方をしたときは無駄に気合いが入っているときだとすみれは嫌というほど知っている。すみれはそんな青島に苦笑する。
「ムキにならなくても……」
「別にムキになってないよ。俺がすみれさんに贈りたいんだから」
 これだけは絶対にする、と心に決めている。いいものは買えないかも知れないけれど、左薬指にダイヤモンドのエンゲージリングを着けたすみれの姿が見たいというのが本音。しかもそれを贈ったのは自分。
 すみれだっていらないと言ってはいるが本当は欲しいと思っていることはわかる。全てではないだろうが、それは女の憧れだろう。
 女が左薬指に着けるダイヤモンドのエンゲージリングを愛する男に貰いたいと思うと同時に、男だって愛する女にエンゲージリングを贈りたいのだ。
 まあすみれのためでもあるが自分のためでもある。

「でもね、一緒に暮らすとなれば引越しもしないといけないでしょ?今は何とかなるかも知れないけど、後々のことを考えたらもっと広い部屋に引っ越した方がいいでしょ?」
 今の部屋で一緒に暮らすには手狭だ。結婚するのだからその方が懸命だろう。
「まあ……そうだね……って、後々のことって子供ってこと?」
 青島は顔を近付けて聞いてきた。何だかいやらしい顔付きだ。
「っ!? そ、それだけじゃないわよっ!! 物だって増えるだろうしってことよ!!」
 青島は真っ赤になって答えるすみれの顔をまじまじと見て、ニタニタと笑っている。
「子供かあ〜……何かいいよねえ。俺とすみれさんの子かあ……」
 いつか生まれるかも知れない自分たちの子。すみれさんが高齢出産になってしまうから大変かな?あ、でも年齢のわりには若いから大丈夫か、でも後遺症のこともあるしなあ……やっぱ無理させない方がいいかなあ……別に一緒にいれたらそれでいいしって思うし……でもやっぱり自分たちの子ってのはいいよなあ……真下んトコもちょっと羨ましいって思わないでもないし……そうだ、一回すみれさんの病院に付いて行って医者に子供作っても大丈夫か聞いてみようか?などと僅かな時間で凄まじく思考を巡らせていた。
「ちょっと!? 人の話聞いてるっ!?」
「はいはい、聞いてますよ?」
 絶対に聞いていないだろう……という疑いの眼をすみれに向けられての気にする様子もない。
「ホント大丈夫なの?」
 だんだん心配になってきた。詰め寄られるとさすがの青島も困惑してきた。
「……多分……?」
「ホントにぃ〜?」
 更に半眼になって青島を見る。
「うん、大丈夫だよ、うん」
 困ったように笑いながら、しどろもどろに答える青島に不安が過ぎる。
「心配だわ……」
「大丈夫だって。心配性だなあ」
 心底心配するすみれに苦笑する。
「心配もするわよ。だってあたし……奥さんになるんだし……」
 少し顔を赤らめてそう言うすみれに、青島は感慨深く呟く。
「……奥さんかあ……何かいいなあ、その響き」
 奥さん……こんなにいい言葉だとは夢にも思わなかった。
 さっきの子供の想像もよかったけど、奥さんのすみれさん……。
 唐揚げ屋のときの姿と重なり、思わず顔がニヤける。
「そんなこと言ってる場合じゃないって!!」
 現実に引き戻すすみれの声。
「ホント大丈夫なんだって。タバコの量も減らすつもりだしさ、何とかなるって」
 青島のあっけらかんとした物言いにすみれは嘆息する。
「……先が思いやられるわ……」
「大丈夫だって」
 気楽に笑う青島の顔を心配そうに上目遣いで見ながら言う。
「だって奢って貰おうにも余裕がないんじゃ……」
「そこ?」
「え?そこ以外どこ?」
「ちょっと」
「こりゃ失敬」
 相変わらずな常套句に苦笑する。
「でもさ、結婚すんだから奢るとか奢らないとかじゃないでしょ?」
「あ、そっか……なんだ、つまんない」
「ちょっと」
「奢って貰うっていうのが醍醐味なのに……結婚やめちゃおうかしら?」
 はあ〜、とわざとらしく嘆息する。
「ちょっと!!」
「ウソよウソウソ」
 ケラケラ笑いながら言うすみれに青島は脱力する。
「もう……心臓に悪いって……」
 すみれなら有り得る……。
 ここにきてそのオチは勘弁して欲しい。
 はあ〜……と深く嘆息する青島に、すみれの顔に笑みが浮かぶ。
「今更青島くんを見捨てるようなことしないわ。ずっと傍にいるって決めたんだし」
「すみれさん……」
 青島の腕を掴み、彼の顔を見上げて言った。
「それにね、青島くんの心配をするのがあたしの最大の役目みたいだしね。これからは妻としてだからもっと大変になるけど。あたししか出来ないことなんだしね」
 胸を張るすみれに青島は顔を綻ばせる。
「頼もしいなあ〜さすが俺の奥さん」
 青島は隣のすみれを見下ろし、嬉しそうに笑った。

「俺さ、すみれさんと一緒なら何でも出来るって思える」
「それは光栄……でもだからって無茶はやめてね?」
 ニコッと笑ったあと、ギロリと睨まれた。
「……はい」
 早くも尻に敷かれているようだ。

 そして。

「よし!! 一緒に幸せになるぞっすみれ!!」
「はいよ、俊ちゃん!!」

 唐揚げ屋の店主夫婦のときと同じ口調で宣言した。

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ