踊る大捜査線

□ずっと一緒に
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「……それでね、すみれさん……」
 
 宿直の夜。屋上で。
 刑事課という職場でのプロポーズを済ませ、晴れて婚約者となったすみれの手をとり、青島は口を開いた。

「何?」
「とっても言い辛いんだけど……」
「うん?」
「……別の石の指輪さ、もうちょっと待って貰っていい?」
 別の石の指輪。即ちダイヤモンドのエンゲージリング。
「別に……いいけど……」
 キョトンと首を傾げて、すみれは青島を見上げる。

「ほら、例のビールさ、俺に請求書まわってきたでしょ?真下にも交渉したんだけどさ、まあ息子を助けて貰ったからって何とか大目に見ては貰えたんだけどさ、それでもいくらかは自腹切れって言われてさ……」
 王が発注ミスしたビールの山。結局は青島が被らざるをえなくなったのだが、その請求額は結構なものだった。
「無くてもいいわよ。あたしはこれがあるだけで十分だし」
 すみれはそう言って微笑むと胸元のペンダントを掲げた。
 青島が自分の為に石から選んでくれたもの。それだけで泣きたくなるくらい嬉しいのに。
 これ以上、何も望まない。別にエンゲージリングがなくたって、青島さえいてくれれば何もいらないのに……とは、本人には口が裂けても言えないが。
「ダメだって!! それはちゃんとしたいからさっ!!」
「無理しなくてもいいって」
 必死な青島にすみれは苦笑する。
「ダメダメ!! これは俺がしたいんだ。だから待って!!」
 どうしても贈りたいらしい。変なところで意固地だ。こうなったらもう譲らない。
「……青島くんがそんなに言うんだったら……」
 すみれも根負けして青島の言う通りにする。
 青島がここまで言ってくれるのは素直に嬉しい。ましてやそれがエンゲージリングなのだから。
 ずっと一緒という約束の指輪。それを何としても贈ってくれようとしている青島の気持ちが本当に嬉しい。
「そのうち一緒に見に行こ?」
「……うん」
 すみれの顔を覗き込みながら言うと、すみれも嬉しそうに頷いた。
 しかし青島は急にハッとなり、
「いやダメだ。やっぱ突然出して驚かすのやりたいし」
 先程の提案を早々に取り下げる。
「ドラマの観すぎじゃないの?」
 すみれはそんな青島に苦笑する。
 先程も夜景のきれいなレストランでプロポーズするつもりだとか言っていたが、ドラマにありがちなあのシチュエーションで指輪を渡したいというのか。
 意外とロマンチックなんだ、とすみれは胸中で苦笑する。
 しかし、そんなドラマのようなプロポーズのシーンなんて本当にみんなやってるのかしら?などと思う。
「プロポーズが刑事課だったからさ、婚約指輪を渡すときはビシッと決めたいじゃん?」
 鼻息も荒く、握り拳を作って言った。
「まあ確かに……プロポーズが職場だなんて……」
「ムードが足りなくてスミマセン……」
 青島は小さくなって頭を下げる。
 ドラマのようなプロポーズを考えていたのなら、職場……しかも刑事課でのプロポーズというのはムードも何もあったものじゃないだろう。
 しかし、少しへこんでいるような青島にすみれは優しく微笑んで言った。
「まあ夜景のキレイなレストランよりも青島くんらしくていいわよ」
「……でもさ……」
 何か言いたげな青島の言葉を遮るようにすみれは言った。
「あたしだって、夜景のキレイなレストランよりもあたしらしくていい。刑事課ってところがあたしたちらしくていいじゃない?」
 そして楽しそうに笑った。
「……言えてる」
 青島も苦笑しながらすみれの言葉に同意する。
「だってさ、あたしたちが一番一緒にいたところだもんね」
「俺が係長になる前は刑事課で背中合わせでさ、いつも背中越しで話してさ」
「楽しかったよね。今は離れちゃったけど」
「でもさ、これからずっと一緒じゃん?」
 すみれの顔を覗き込みながら言う。
 背中合わせの関係から、隣にいつもいるべき関係になった。
 背中にあった温もりは今、誰よりも傍にある。
「……そうね」
 ずっと一緒。その言葉がこれからはこの人と一緒に人生を歩んでいくことを実感させてくれる。

「でもさ、一番一緒にいたのは前の湾岸署の刑事課だよね」
「……そうね。もうあそこには帰れないけど……」

 二人でしみじみと思い出す。
 爆破されてしまった旧湾岸署。
 二人が初めて出会った場所。二人で一番長い時間を過ごした場所。
 楽しいことも辛いことも、いろんなことをあそこでたくさん味わって、そして学んだ。
「でもあそこの思い出はずっと残ってる」
 青島の言葉にすみれは優しく微笑んで同意する。
「うん……和久さんの思い出もいっぱい詰まってる」

 刑事というものの真髄を教えてくれたのは今は亡き和久だった。
 一番自分たちのことを心配していてくれた人。一番安心させないといけない人。

「今度さ、和久さんのお墓参りに行こうよ。報告もかねて」
 青島の提案にすみれは満面の笑みを浮かべる。
「うん。二人で行ったらさ、和久さん察してくれるんじゃない?『お!!ついにくっついたか!?待ちくたびれたぞ』って」
「『結婚式にはあの世から戻ってきて出席してやるよ……なんてな』とか?」

 娘の結婚式のときのタキシードで自分たちの結婚式に出席する和久の姿を想像する。

 そして二人して笑い合った。

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