踊る大捜査線

□change the world (ODF ver.)
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 どうして上手くいかないんだろう……。
 きっと、近くにいすぎて、この関係の居心地の良さに甘えていたんだ。
 彼女はいつだって自分の傍にいると思っていた。
 この関係を続けていれば、彼女も自分の傍にいてくれると思っていた。

 でもそれじゃいけないと思い知ったのは、ついこの間。

 真下の息子が誘拐された事件。
 
 自分と室井さんに辞職勧告が下され、それでも俺たちの事件だと捜査に走り回った。

 しかしその頃、彼女は警察を辞め、大分に帰ろうとしていた。

 彼女は以前撃たれたときの後遺症があり、刑事の仕事が難しくなっていた。
 そして誰にも相談せずに、一人、警察を辞めることを決意していた。
 
 この自分にも、何の相談もなしに……。

 そのことについて自分が文句を言える立場にない。
 いつだって自分のことばかりで、捜査のことばかりで、そんな自分を叱咤激励してくれる彼女に甘えてばかりで。
 そんな自分に彼女が相談などしてくれるはずがない。

 彼女の痛みにも、苦しみにも、何一つ気付いてやれなかった。
 重点張り込みで二週間も同じ屋根の下で暮らしていたのに、どうして気付いてやれなかったのだろう。

 こんな自分に嫌悪した。

 そして気が付いたときには、彼女はもう去った後だった。

 しかし、彼女は戻ってきた。自分の危機に駆けつけてくれた。
 
 彼女の身体を抱き締めて思った。彼女の身体はこんなにも細かったのだろうか。こんなにも小さかったのだろうか。
 何だかとても、自分の腕の中にいる彼女が愛しくて、そして切なくなった。

『辞めないでくれ』

 そう言うと彼女は静かに頷いた。

 その後、魚住課長が辞表を保留にしておいてくれたこともあり、彼女は警察官でいられた。

 魚住課長の計らいで現場へ出ることは少なくなったが、それでもどうしても出なくてはいけないこともあって。
 少し顔を歪める彼女の顔を見ると辛くなる。

 このままじゃいけない。更にそう思うようになった。

 本当の自分の気持ちを考えた。
 
 自分は彼女とずっと一緒にいたいと思っていること。
 何よりも大事な存在であること。
 そして、本当はいつも彼女の全てを自分のものにしたいと思っていたこと。

 大事なのに、好きなのに、愛しているのに、その気持ちに蓋をしてこの関係を続けようとしていた。

 一度この手の中で彼女の命を失いかけたときから、ずっと彼女を失うことを怖いと思っていた。

 怖いから、ずっと誤魔化そうとして……。

 だけどそれでは何も変わらない。

 バスでの一件で彼女を更に大事に思うようになって。

 もっともっと進みたい。もっと特別でいたい。
 だから変わろうと思った。 


 彼女の誕生日にプレゼントを贈る。
 それは毎年贈ってはいるけれど、今年は少し違う。

 思い切ってジェリーショップに入った。

『奥様にプレゼントですか?』
『えっと……あの、同僚なんですけど……』
 同僚にこんなジェリーショップのアクセサリーを贈ろうとしている自分が何を考えているのかわかったのだろうか、店員はニコッと微笑み、
『こちらなんていかがでしょう?』
 連れて来られたのは指輪が陳列されているコーナー。
『えっと……』
 ダイヤモンドの指輪。これってエンゲージリングだよな……?
 やっぱりいきなりはな……でもそれくらいの気持ちはある……なんて思って見ていると、どうにも気になる石があった。

『これ……』
『はい、タンザナイトでございます』
『タンザナイト……』
 それは青なのか紫なのか、とても複雑な色で、でも吸い込まれそうな深いブルー。
『……この石のペンダント、ありますか?』
『はい、ございますよ』
 案内されたコーナーには指輪もペンダントもあった。
 でも一番彼女に似合う色目はまだ石のまま。
『こちらの石はご自分のお好きな台座に加工することが可能なんですよ。こちらのデザインから選んで頂いて……』
 即決だった。その色がどこか彼女のような、そんな気がして……。
 それをペンダントに加工して貰うように依頼した。
 値段はそこそこしたのだが、それでも自分が思っていたよりも手頃で。
 別に、給料の3ヶ月分を用意したわけじゃないけど……いや気持ちはある。実はそのつもりでコツコツと貯めていた分があったりなかったり。
 そもそも何も言ってないのに、給料の3ヶ月分もあったもんじゃないが。

 本当は指輪のサイズはちゃっかりリサーチ済みだったりする。
 以前夏美さんが彼女に指輪のサイズを聞いていたのをこっそり聞き耳を立てて聞いていた。
 左薬指のサイズ。そのサイズはちゃんと自分の頭の中にインプットされた。
 
 でも今回はこの青い石のペンダントを彼女に渡したい。
 指輪は刑事という仕事をするには少し向かないかも知れない。だけどずっと着けていて欲しい。
 だからペンダントにした。
 それはあくまでも『今回は』だ。
 
 先程の、透明な石の指輪がたくさん鎮座するコーナーに目を向ける。
 次はあれだ。
 そのためにはモデルガンだってもう買わない。少しタバコの本数を減らしたって構わない。
 給料の3か月分だってつぎ込むつもりでいる。
 ……というか、そうなればいいが……。

『出来上がりは11日になりますが……』
『当日か……』
『でしたら会社までお持ち致しましょうか?』
『いいんですか?』
『当店はアフターサービスも万全ですから』
 その店員は自分の勤め先が湾岸署と聞いて少し驚いていたけど、『確かにお持ちいたします』と言って微笑んだ。

 今日、その店員がペンダントを署まで持ってきてくれた。
 出来上がりの様子はメールで受け取っていたので、そのまま梱包して貰うようにした。
 それを受け取ったとき、思わず頬が緩んだ。
 
 ラッピングされた箱を隠すようにカバンに仕舞い、ウキウキと刑事課に戻ると、夏美さんに『なんかいいことでもありました?』と聞かれた。
 そんなに顔に出ていたのかと苦笑した。

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