踊る大捜査線

□Find happiness
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「それより青島」
『はい?』
「……君は……その……どうするつもりなんだ?」
 室井は言いよどみつつも口を開く。
『?どうするって?』
 要領を得ないというような素っ頓狂な声音で答える青島に少し脱力しそうになったが、室井は敢えて聞きたかったことを口にする。
「その、何だ……恩田くんのことは……」
『へ?』
 またも間抜けな声音で答える。全く確信に触れきれていないのか。

「……言ってただろう。彼女に辞めないでくれって」
『へ?…………えーーーーーっ!! 室井さん、何で知ってんすかっ!?』
 絶叫が耳に痛い。室井は再び耳から携帯を離した。

「……知ってるも何も、携帯が繋がったままだったが」
 事実を暴露する。
『ウソッ!? マジっすかっ!?』
 青島はまたも絶叫する。

 被疑者である久瀬を確保したという青島の報告の後、実は電話は切れていなかった。
 微かに『すみれさん』という青島の声が聞こえ、何やら二人で話している声が聞こえた。
 そして『青島くんのことが……心配だったから』『すみれさん……辞めないよね?』と言う二人の声が聞こえた後、『辞めないでくれ』という、青島の切羽詰った、懇願ともとれる声が聞こえてきた。

 その後はどうなったかは知らない。これ以上盗み聞きみたいな真似は御免だったし、何より野暮ってもんだろう。
 しかし、どうなったかは気になるところだったので、敢えて聞いていたことを言ってやった。

「で、どうするんだ?君がああ言ったから恩田くんは警察を辞めなかったんだろう?」
『そう……なるんでしょうか?』
「そうだろう」
『……ですよねえ……』
 相変わらず煮え切らない感じが苛ついた。

「君がどういうつもりでああ言ったかは知らんが、いつまでもこのままってわけにはいかないんじゃないのか?」

 室井がそう言うと、青島は意外にも真剣な声音で言った。

『……わかってます。きっちり、けじめは付けるつもりです』

 電話ではわからない。だけど、事件に向かっているような、強い目で言っているだろうことはわかった。
 声音でそれくらいわかるほど、室井と青島の絆も強くなっている。
 
「……そうか、やっとその気になったか」
『やっとって……室井さんまでそんな風に思ってたんすか?』
 苦笑しているのがわかる。

「そうとしか見えなかったが。だから見合いのときに彼女に君とはどうなってるのか聞いたんだが。はぐらかされたがな」
『そうっすか……』
「お互いに素直じゃないな、君たちは』
 思わず苦笑する。
『そうかも知れないです……それよりすみません。室井さん、すみれさんに振られたのに』
「振られてない」
 眉根を寄せる。眉間の皺が更に深くなる。
 振られたとは失礼極まりない。

『そうなんすか?』
「こっちからお断りだ」
『俺はてっきり室井さんもすみれさんのこと好きなんじゃないかと思ってました』
「有り得ない」
 
 冗談じゃない。
 変なところで気が合うが、ただそれだけだ。
 会えば毒を吐かれ、正直扱いにくい。
 彼女を扱いきれるのは青島しかいないだろう、と思っていた。
 それに青島と彼女は互いに惹かれていることくらいわかる。
 そんな彼女を好きなどと、思えるはずもない。

『お陰で遠慮なくいけます』
 青島は笑いながら言った。
「最初から遠慮なんてするつもりはないだろう」
『まあ、そうなんすけどね。他の誰にも負けるつもりはないです。まあ負けるとしたら他の男にじゃなくてすみれさんにですけどね』

 確かに。青島は他の男になど負けないだろう。誰が見ても彼女の心は青島のものだ。
 だけど、彼女は変なところで頑なだから。

『ホントは室井さんに仲人して貰いたかったのになあ。真下になりそうなのは不安で。俺より早く結婚して下さいよ』
「うるさい」
 青島の言葉に眉間にいつも以上の皺が寄る。どうしてこのところそんな話ばかりなのだ。正直鬱陶しい。

『沖田さんとかどうなんすか?』
「どうして彼女が出てくるんだ?」
『何となく?』
 言い方がいつものようにヘラヘラとした口調だ。馬鹿にしたような言い方で癇に障る。
「そんなことより、もう仲人の心配か?よほど自信があるんだな」
 嫌みの一つも言ってやる。
『自信なんかないっすよ。相手はすみれさんですよ?手強いったらありゃしない』

 苦笑しながらそう言う。

 確かに。彼女は手強いだろう。青島でも一筋縄ではいかないかも知れない。
 
 でも。

『でもやりますよ。15年分、ぶつけます』

 最後は強い口調だった。意志の篭もった、強い声だった。

「……君なら大丈夫だろう。頑張れ」
『……はいっ!!』

 青島の力強い返事を聞き、室井は電話を切った。
 そして暫くスマートフォンのディスプレイを見つめていた。

 15年前、空き地署と呼ばれたあの所轄署で彼らに出会った。

 絶対に自分の信念を曲げない、似たような男と女。

 お互いの目の前で傷を負い、お互いの存在で心の傷を癒した二人。

 そんな二人は15年かけて、やっと結ばれそうだ。

 長かったが、不器用な彼らには必要な時間だったのかも知れない。

「……幸せになれ」

 室井はそう呟き微笑むと、スマートフォンを胸の内ポケットに仕舞った。

 
 end
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