踊る大捜査線

□Find happiness
1ページ/2ページ


 この度の事件の事後処理が多少片付いた後、室井が自室の椅子に身体を投げ出した途端、スマートフォンが震えた。
 着信を見ると、警察上層部の人間に対し普通ならこうして気軽に電話をかけることもなかなか出来ないであろう所轄の一署員だった。

「青島か?」
『あ、室井さん? バスの件、ありがとうございました。すみれさんも今度お礼が言いたいって』
「ああ、そのことか。気にするな」
『ホント助かりました』

 湾岸署の署長の息子が誘拐された事件。
 室井もこの男、湾岸署の警部補、青島俊作も警察を辞めなくてはいけない事態になりそうだったが、二人の活躍により署長の息子は救われ、辞職も免れた。
 しかし、実はこの誘拐事件犯人逮捕の裏には一人の女性の活躍もあった。
 湾岸署の巡査部長、恩田すみれ。
 この日で警察を辞めるはずだった彼女は青島の危機に高速バスで駆けつけ、結構な事態にはなったが結果青島たちを救った。
 この時点で本来ならば警察官ではないすみれだったが、彼女の上司が辞表を保留にしておいてくれたこと、室井の手回しで捜査の一環とされたことにより、すみれは始末書程度の処分で済んだ。

 その礼を言うために青島が電話をかけてきた。

「いや……それより恩田くんが辞めなくてよかったじゃないか」
『そうなんすよねえ〜それが一番助かってます……て、何ですみれさんが辞めようとしてたこと知ってんすかっ!?』
 よほど驚いたのか、青島は急に大声を出し、室井は思わず電話を耳から遠ざける。
「前に彼女に聞いた。警察を辞めるつもりだと」
『え!? すみれさん、室井さんに言ってたんすかっ!?』
「ああ、だから結婚するつもりはないと……」
『結婚……?見合いのときっすか!?』
「ああ、そうだが」
 湾岸署の署長の真下によって持ち込まれたすみれとの見合いのことだ。
 もちろん室井は受ける気もなかったし、すみれの方も冗談じゃない、と一蹴した。

『……』
 電話の向こうが沈黙している。
「青島?どうした?」
 室井は青島の様子を怪訝に思い、声をかけた。
『あ……俺には言ってくれなかったのになって……』

 ああ、そうか。彼女は青島に何も言わずに辞めようとしていたのか。黙ったまま、去ろうとしていたのか。
 何が原因で辞めるのかは知らない。だけど、刑事の仕事に誇りを持っていた彼女が辞める決心をしたとなれば、それは彼女自身どうすることも出来ない事態に陥ったのではないだろうか。
 何となくだがそんな彼女の気持ちがわかる気がした。青島には言いたくない彼女の気持ちが。
 きっと大切だからだ。大切すぎて切り出せなかった。そして黙って去った方が彼の為になるとでも思ったのだろうか。
 しかし、黙って去ったところで青島が彼女を探し出そうとすることくらいわかる。だがそんなことも思い浮かばないほど彼女は切羽詰っていたのだろうか。
 室井にはそんな彼女の気持ちが痛かった。
 
「……お前には言い辛かったんだろう。察してやれ」
『……はい……わかってます』

 青島も言われなくてもわかっていることだろう。
 彼女の性格はきっと青島が一番わかっているだろう。そんな彼女の気持ちも。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ