踊る大捜査線

□Tranquilizer-精神安定剤-
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「すみれさん」
「何?まだ起きてたの?」
 すみれさんはこちらを一瞥だけして視線を戻した。
「うん。俺も起きてようかなって」
 すぐ隣に行って、彼女の存在をもっと近くに感じたい。
 だけどすみれさんは、
「ダメ」
 身も蓋も無く返してきた。
「え〜いいじゃん」
「ダメ。明日もあるんだから寝れるときにしっかり寝なさい。青島くんも刑事の端くれなんだから、それくらいわかってるでしょ?」
「……わかってるよ。わかってるんだけどさあ……」
 曖昧に答えると、すみれさんはこちらを向いた。
「……そんなに嫌な夢見たの?」
「……うん、まあ……」
 多分ここで否定しても彼女にはお見通しだから素直に肯定する。
 きっと彼女も、先程話したような夢ではないことはわかっているのだろう。

 すると彼女はハアと大きく溜息を吐き、
「……まったく……仕方がないわね……手」
 手を差し出してきた。
「へ?」
 思わず間抜けな声が出た。
「手、出しなさい。眠れるように握っててあげるから」
 目を瞠る。
「……俺は子供かよ?」
 などと言いながらも実はかなり照れくさい。
「似たようなもんじゃない。嫌ならいいのよ」
「嫌じゃないですっ!! お願いしますっ!!」
 ずいと手を差し出すと、すみれさんは苦笑しながら手を取った。
 その小さな手は柔らかくじんわりと暖かい。
「安心した?」
「……うん。とても」
 彼女の温もりが直に伝わる。

 本当は抱き締めて直接鼓動を感じたいけれど、自分たちはそんな仲じゃない。
 それ以前に寝ているとはいえ和久くんもいるのでそんなこと出来るはずもないけれど。

 今はこれだけで十分だ。

 彼女は自分にとってこの胸を掻き乱す厄介な存在であると同時に精神安定剤のような存在だ。

 傍にいるだけで、それだけで、こんなにも幸せを感じることが出来る。

「おやすみ俊ちゃん」
「おやすみ、すみれ……」

 思いの外優しい声音とこの手の温もりに安心したのかだんだん微睡んできた。

 ああ生きてる。彼女はここでちゃんと生きてる。

 そう思った瞬間、完全に意識が途絶えた。



 


 このとき、自分は何も知らなかった。

 彼女が何に悩み苦しみ、そして、どういう結論を出そうとしていたのかを―。


 end
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