踊る大捜査線

□White Christmas
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 病院の入口まで来るといつも上を見上げるのが癖になっていた。
 そこからすみれの病室の窓が見える。
 ふと見上げるとまだ電気が点いているから寝てはいないだろう。
 病院に飛び込むようにして入り、ナースステーションの前を通りかかると看護士に声をかけられた。
「青島さん、面会時間はあと30分もないですよ」
 毎日のように来ているのだから顔見知りの医者も看護士も結構いる。
 どうも看護士はすみれの彼氏と勘違いしているようだが、青島はさして訂正もせずそのままにしていた。
 このことはすみれも知っているのだろうか?だとしたら聞かれて何て答えているのだろか?などと思ったこともあるが、すみれのことだから即訂正してるだろうな、などと思い落ち込みそうになったこともあるが……。
「すみません、時間は守りますんで」
 青島は頭を掻きながらヘラヘラと笑い、その場を後にした。

 すみれの病室の前に立ち、ノックをする。
「はい、どうぞ」
 するとすぐに返事が返ってきた。
「すみれさん、こんばんは」
 青島は顔を少し開けたドアの隙間から顔を出し、声をかけた。
「今日は来ないかと思ってたのに」
 すみれがグルメ雑誌を膝に置いて言った。
「何でよ?」
「だって今日はイブでしょ?」
「だから?」
 青島はベッド脇に置かれている丸椅子に腰掛けて言った。
「この時間にここにいるってことは当直じゃないんでしょ?」
「そうだよ。それが何?」
「てことは、イブの夜はフリーなわけじゃない」
「そうだね」
「じゃあここにいる場合じゃないんじゃないの?」
 すみれは小首を傾げて言った。
「へ?」
 思わず素っ頓狂な声が出た。
「せっかくのイブなのに、他に一緒に過ごす女の子いないの?」
「あ……そういうこと……」
 合点がいき、途端脱力する。
「だっていつも『イブなのに何やってんだ?俺』って叫んでるじゃない」
「そ……だったね」
「珍しくフリーなイブなんでしょ?ならここにいる場合じゃないわよ」
 眉根を寄せてそう言い切るすみれが何となく、恨めしく感じる。
「俺がここにいたいの。悪い?」
「悪くないけど……でも……」
「いいの。ここにいる」
「別にいいけど……あそっか。もう20分くらいで面会終わりだもんね。この後に会えばいいのか」
「へ?」
「いるんでしょ?女の子」
「何でそうなるんだよ?」
 少し声音が低くなる。
「……違うの?」
 青島の声音のせいだろうか、すみれの顔が少し曇った。
「いないよ、そんなの」
 いるわけがない。そんな存在、もう自分には必要ないのに。どうして彼女はそんな残酷なことを言うのだろう。
「そうなんだ……」
 何だか気まずい雰囲気が流れた。
 すみれはすみれで気を使ってくれていることは何となくわかるのだが、すみれに会いたくて、イブに一緒に過ごしたくて急いでここまで来たのに面白くない。
「ねえ、その箱ケーキ?」
 そんな重い空気を、すみれのその一言が打破した。
「あ、ああ、うん」
「くれるの?」
「さっきまで他の女の子と会うと思ってたくせに……現金だねえ」
「くれるのくれないの?どっち?」
 不貞腐れたように頬を膨らませてそう言うすみれが可愛くて。
「ったく……これはすみれさんに買ってきたものだよ」
 思わず頬が緩むのを感じ、青島はケーキの入った箱をすみれに手渡した。
「やった!! ありがとね、青島君」
 その笑顔があまりにも可愛くて……抱き締めたくなる衝動を必死に抑える。
 ただでさえそんなことをしてしまったら射殺されるだろうけれど、今はその身体は傷ついているのだ。抱き締めたりして傷が痛んだら困る。
「すみれさんは食べ物与えると途端機嫌が良くなるね」
 自分の中の衝動を誤魔化すように苦笑しながら呟くと、
「なに?」
 ギロリと半眼で睨まれた。
「……こりゃ失敬」
 青島はすみれの常套句を吐いて、またも苦笑した。
「早く食べよう!!……あ……」
 するとすみれは青島の袖を引っ張った。
「青島君っ、雪よ、ほら!!」
 青島が窓の外を見ると、雪がひらひらと舞っていた。
「ホントだ……」
 確かに今日はいつも以上に冷え込んでいた。
 思いがけずこんな日に雪が降った。それなのに妙に暖かく感じるのは気のせいじゃないだろう。
「ホワイトクリスマスねえ……」
「ホントだね……」
「……って変じゃない? 今日はイブだから『ホワイトクリスマス・イブ』?」
 すみれは急に苦虫を噛み潰したような顔になってその疑問を口にした。
「長いよ」
「『イブ』って付いただけで妙に語呂が悪く感じるわねえ」
「じゃあ『ホワイトイブ』は?」
「語呂はいいけど何か変よね。だって何のイブかわかんない」
 すみれは顎に人差し指を当てて考える仕種をした。
「ホントだね」
「でもま……どっちでもいっか」
「だね」
 どちらともなく笑い合う。

 クリスマス・イブ。

 大事な誰かと一緒にいたい日。
 甘い雰囲気ってわけにはいかないようだけど。
 そんな日に君と一緒に過ごせただけでも嬉しいのに。
 サンタクロースは思いがけないプレゼントを運んでくれたようだ。
 

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