踊る大捜査線

□鼓動(青すみ・OD2後)
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 真っ青な空。

 響き渡る銃声と、よく知った女の悲鳴。

 そして、真っ赤な海に横たわる、

 彼女の姿―。


 ハッとして目が覚める。
 もう一年以上も前のことなのに、幾度と無く繰り返されてきた悪夢。
 青島はベッドの中で自分が全身汗にまみれていることに気付く。
 鼓動も早い。額の汗を拭い、枕元のタバコに手を伸ばし、一本取り出すとマッチで火を点けた。
 思いっきり煙を肺に入れ、フウッと吐き出すとだんだん鼓動が落ち着いたものへと変わるのがわかった。

 ―もう、一年以上も経つのに……。

 窓の外を見ると、まだ夜は明けていない。
 時計を確認すると4時半過ぎ。起床の時間まではもう一眠り出来そうだ。
 しかし、眠れそうにない。

 このところ仕事が立て込んでいて、眠ることもままならなかった。
 やっと事件が片付き、定時に帰ることが出来たので今まで眠れなかった分、しっかり眠ろうと思っていたのに。

 何となくだが原因はわかっている。
 彼女と、ここ数日顔を合わせていないからだ。
 お互いに事件が立て続きに発生し、青島が署に戻ったときには彼女は聞き込みでいなくて、彼女がいるときには青島が出払っているという状態が続いている。
 青島の方は事件が片付き、通常業務に戻れそうだが、昨日課長に聞いたところによると彼女の方はまだかかりそうだという。
 青島は携帯を手に取り、彼女の名を呼び出す。

 ―恩田すみれ

 その名を確認すると、その電話番号が通じていると、その声を聞くと、それだけで安心するのは何故だろう。
 しかし、そんなのは愚問だ、と自ら嘲笑する。

 一度、この手から零れ落ちそうになったその尊い命は、現に繋ぎとめられ、ちゃんと自分の背中越しにあるというのに。
 何故、あんな夢を見るのだろう。
 彼女と顔を合わせていないだけで、声を聞いていないだけで、こんなにも不安になる。
 彼女がちゃんと生きていて、その足でしっかり歩いているのはわかっているのに、自分の傍にいないだけでこんなにも不安になる。

 このまま、電話をかけてやろうか。
 そんなことも思うが、こんな早朝、いや、夜も明けていないというのに彼女に怒鳴られ、挙句奢らされるのがオチだ。
 しかし、それでもいいか、とも思う。
 いくら機嫌を損ねても、どんなに奢らされても、今、君の声が聞きたい。

 だけど青島は自分を押し止める。
 きっと彼女も寝る間も惜しんで駆け回っているのだ。僅かな睡眠時間くらい、ゆっくりとらせてあげたい。
 不安で眠れないからという自分の我が侭で、彼女の睡眠時間を奪うなんてこと出来るはずがない。
 青島は携帯を枕元に置き、タバコを灰皿に押し付けると、再び自嘲気味な笑みを浮かべ横になった。
 天井を見上げ、再び窓の外に目を向ける。
 夜が明けるにはまだ時間がありそうだ。
 事件が起こらない限り、署にいる時間が増やせる。ならば、いつか戻るだろう彼女にも会えるだろう。
 それまで我慢することくらい出来る。そのくらい我慢しないでどうする?
 ほんの僅かな時間会えないだけなのだ。いや、ひょっとすると朝一番で会えるかも知れないではないか。

 手を開き、じっと見る。
 あのとき、彼女の血でこの手は塗(まみ)れた。あのとき、彼女の命はこの手の、この腕の中で一度失われかけた。

 今でもあのときのことを思い出すだけで胸が潰れそうになるような、そんな恐怖心に囚われるけど。
 でも永遠に失われかけたその命は、確かに取り戻せたのだから。

 そして実感した。
 今まで漠然としていて、その感情の正体が掴めていなかったけれど、失いかけて初めて気付いた彼女への想い。
 
 いい大人が子供のように、その感情の意味がわからなかった。
 近すぎて、背中合わせに彼女がいるのが当たり前すぎて、いなくなるなんて考えたこともなくて。

 銃弾に倒れた彼女の吐息が小さくなっていくことに、言い知れぬ恐怖を感じて。

 自分の命を引き換えにしても彼女の命を救ってくれと、いるかいないかわからない神に祈って。

 失いかけて初めて気付いた自分が不甲斐なくて。

 でも彼女の命を、その鼓動を取り戻したとき、不覚にも泣きそうになった。
 
 青島は静かに目を閉じる。
 きっと夢の中だろう彼女に追いつけるように。今会えなくても、たとえ夢の中だけでもいいから会いたい。
 彼女はきっと、夢の中でも『奢って?』と言うだろう。
 でもきっと、夢の中でも笑ってくれるだろう。
 それだけでいい。
 彼女を永遠に失ったわけではないのだから。
 
 青島は再び眠りに落ちた。
 夜が明け、刑事課の入口をくぐったとき、その求める姿がそこにあると信じて―。


 end
 

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