踊る大捜査線

□Gentle eyes
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「……まあ確かに思ったけどさ。でもコイツとはずっと一緒にいるだろなって思ったし。あとはあんまり深く考えなかったな」
 妻を選んだ理由は社内のアイドルって理由ではなくて、何だか一緒にいると幸せだと思えたからで。
「そっか……」
「お前、そのすみれさんって人と付き合ってんの?」
 青島が付き合ってるとしたら、その『すみれさん』だろう。あんなに幸せそうに見えたのだから。
「付き合ってないよ」
「あ、そっか。彼女作ってる暇ないんだっけ? でも一緒に歩いてるお前ら、どう見ても夫婦だったぜ」
「え?」
「あれで付き合ってないって、ある意味詐欺だぜ」
「……そりゃ言い過ぎだろ?」
 言い過ぎではなくて、本当に付き合っている、いや、夫婦に見えた。それが付き合ってないなんて、本当にある意味詐欺だと思う。
「警察官が詐欺していいのか?」
「してないっての」
「あれ? 青島君?」
 すると、背後から女性の声が降ってきた。
「すみれさん!!」
 そこには小さくて黒髪が印象的な女性が立っていた。

 これがすみれさん!?

 木下はつい今しがた噂をしていた『すみれさん』の登場に心底驚いた。

「あ、そっか。青島君も非番だったんだっけ」
 呆然とする木下に気付いたすみれはニコッと微笑んで会釈をした。
「あ、すみれさん、コイツ大学んときの友達で木下。そんで……同僚の……恩田すみれさん……」
 青島はすみれのことを話していたバツの悪さから、何となく言いよどんだ。
 青島は木下に『さっき話したこと、絶対に言うなよ』といった風に目配せしている。
 木下はそんな青島に苦笑して頷く。
 すみれは青島の様子がおかしいことに気付きつつも『後で問い詰めよう』ととりあえず置いておいて、木下に挨拶をした。
「青島君の同僚の恩田です」
「あ、あの友人の木下です」
 ニコッと笑って挨拶をするすみれに木下は少し顔を赤らめた。
 でも近くで見ると更に綺麗で、その上華奢だ。この人が男を投げ飛ばすのか…・・・と、木下は心底驚いた。
 青島はそんな木下の様子に気付いて苦笑した。

「すみれさん、今日はどうしたの?」
「お買い物。新しい服が欲しくて」
「そうなんだ」
 心なしか青島の顔が明るくなったのは気のせいではないだろう。

 ああ、コイツ、本当にこの人が好きなんだ……。
 まぁきっと、無意識だろうけど……。

「じゃ、私行くわ」
「あ、あの」
 木下は立ち去ろうとしているすみれに思わず声をかけていた。かけずにはいられなかった。

 すみれが立ち去ろうとした瞬間、青島の顔が翳ったことに気付いてしまったから。

「はい?」
「ご一緒しませんか?」
「え? いいんですか?」
 すみれは遠慮がちに言った。

「そうだよ、すみれさん。どうせケーキ食べに来たんでしょ? 一緒に食べよ?」
「……青島君の奢り?」
「はいはい。奢らせて頂きますよ」
 青島は苦笑した。でもその顔は嬉しそうにも見えた。
「やった」
 そう嬉しそうに言って「失礼します」と青島の隣に、それこそ当たり前のように座る彼女。
 楽しそうにメニューを見てケーキを選ぶ姿を青島も嬉しそうに見ている。時折青島がメニューを指差して、それに彼女も頷いたり。
 本当に自然で、まるで長年一緒にいる夫婦のような、そんな風に思えた。

(ああ、そうか……)

 どこか博愛主義者で、来る者拒まず去る者追わずだった青島。
 
 恋人と別れても落ち込みはするけれど、だからと言って追うとか縋るとか、そういうことも一切せず、ただ現実を受け入れる。
 そして次に告白されれば付き合い、それを繰り返す。

 そんな青島が今は仕事を理由に彼女を作らない。
 きっとそうじゃなくて、この目の前にいる彼女との関係を大切にしているのだろう。
 
 もし彼女がどこかへ行ってしまったら、きっと青島はどこまでも追いかけるだろう。彼女を見つけ出すまで、ずっと。

 一瞬にしてそれを悟ることが出来るほどの二人を包む空気。

 この二人を包む空気が恋人同士の甘いものとは似て非なるもの。
 でもどこか居心地のいい空気。そんな風にも思った。

 刑事という職業に就いていながらも、青島が学生の頃よりも優しい目をしているのは、きっと彼女のお陰なんだと木下は思った。


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