踊る大捜査線
□背中合わせ 隣り合わせ
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何だか背中が寂しく感じた。
いつもそこにあった小さな背中が離れてしまっただけで、こんなにも寂しく感じるものだろうか。
「やっぱさ、何か物足りないわけよ」
「何? 急に」
休憩室でコーヒーを飲むすみれに、青島は背中越しに話しかけた。
「背中が寒い」
「足りないんじゃなくて女の生霊か水子の霊でも憑いてんじゃない?」
「そんなの憑いてませんっ!!」
「こりゃ失敬」
叫ぶ青島に、すみれはさらっとかわす。
「……いや、冗談じゃなくてさ……」
「あたしは本気で言ったんだけど?」
わざと真顔で言ってみると、
「すみれさん酷いよっ!!」
青島は子供のように叫んだ。
「はいはい……で? 何なのよ?」
背中の青島の顔が見えるように少し半身になる。
「……いやね、背中が寒いなって……」
「それはわかったわよ。だから何なのよ?」
ああ、もうイライラする。すみれのその心境は明らかに声音に出ているのに、青島は自分のペースを保ちながら口を開く。
「……寂しい……のかな?」
「なんで?」
いい大人が何を言ってるんだ? すみれは眉根を寄せる。
「後ろに、人がいないから……?」
「? 意味わかんないんだけど?」
「だ〜か〜ら〜」
「だから何よ?」
本当に今日の青島は歯切れが悪い。一体何が言いたいのか?
「今まで後ろにすみれさんがいてさ、でも今は誰もいないじゃん? だからなんだかさ……」
だから寂しいの? それはあたしがいないから?
なんて思っても、どうせそんな深い意味はないだろう。別にすみれじゃなくても、青島は誰でもいいと思っているに違いない。すみれはなんだか虚しくなった。それに……。
「……勝手に出世して席変わったの、青島君じゃない」
あの席から離れていったのは、青島君の方なのに……。
寂しいのは、あたしの方よ……。
「……そうなんだけどさぁ……」
「そんなに寂しいんだったらヒラに戻ったらいいじゃない? 何ならあたしが代わってあげよっか?」
自分を誤魔化しながらおどけて言ってみると、
「絶対に代わらないっ!!」
思いのほか真剣な声音で返ってきた。
そんなことしても、この寂しさは埋まらない。
「じゃあ我慢しなさいよ」
「う〜……」
唸る青島にすみれは嘆息した。
「いい年齢した男が何甘えたこと言ってんのよ。どうせ家に帰ったら一人なんでしょ? それか誰かいるわけ?」
「いるわけないだろっ!?」
思いがけないすみれのセリフに、青島もつい声が大きくなった。
「何ムキになってんのよ?」
「すみれさんにだけはそんなこと言われたくないっ!!」
そんなこと、すみれさんにだけは絶対に言われたくない。すみれさんだけには……。
「なんなのよっ!? 話振ってきたの、青島君の方じゃないっ!!」
「……そうでした……」
確かにそうだ。これじゃ話も進まない。元より何だか進むとも思えないけど……。
「ったく……一体どうしたっていうのよ?」
嘆息しつつも、すみれは青島の話を聞いてやる。
「だからさ、こんなにも背中に誰もいないことが寂しいって思わなかったからさ……」
今まで自分の背後にあった小さな背中。
そこにその背中があるだけで安心して、そこにないと何だか寂しくなって。
あまり意識したこともなかったのに、いざこうして離れてみると思い知らされる。彼女の背中の温かさに。
だから青島とすみれが席を代わったところで、何の意味も成さない。
その背中が重要なのだから。
「だからあたしが代わってあげるってば」
身体ごと青島に向き直る。その顔はいたずらっ子のような笑み。
まったく……なんでこの人は俺の言ってる意味がわかんないのかね?
青島は嘆息しつつもすぐに意地の悪そうな笑顔を作り、すみれに向けた。
「そんなことしたら、すみれさんが困るよ?」
「なんでよ?」
途端、すみれは眉根を寄せる。
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