踊る大捜査線

□Love's Bargaining
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「だいったいねえ、青島君は普段から不摂生すぎるのよっ」

 青島とすみれは新湾岸署の休憩室で背中合わせではなくて隣り合って座っている。

「なんだよ、それ?」
「あんなにタバコ吸っちゃって。そりゃ健康にも悪いわよ」
 呆れながら嫌みを言っても、
「タバコは俺の栄養源なんです」
 などと返してくる始末。

「何それ? ホンット人騒がせね青島君は……何が死ぬかもよ? あたしの涙、返してよ」
 どれだけ動揺し、胸が潰れるかと思ったことか。自分の思いに青島は気付いてなんかいないと、すみれは思う。

「だって、俺だってショックだったんだよ? 本気で死ぬんだって……」

 だから君に伝えようと思ったのに。今まで言えなかったことを……。
 だけど、死ぬ自分がそれを口にするのは、何だか縛り付けるような気もして……だから言えなかったのだけど。
 というのは言い訳で、実のところそんな度胸もなかっただけだったりするのだけど……と青島は胸中で苦笑した。

「ホント、あたし馬鹿みたいじゃない。放送でさ、あんなこと言ってさっ」
 あのときは必死だった。もうすぐ死ぬかも知れない彼に、思う存分捜査をして貰いたかった。閉じ込められた自分は彼の手伝いは出来ないけど、せめて励ますことだけでも出来たら……そう思って……。

「俺は嬉しかったけどね」
 本当に嬉しそうな顔でそう言う青島に、すみれの胸は高鳴る。
「なによっ!? あたしはいい恥さらしよっ!! 本店どころかテレビまでよっ!? あーもうお嫁に行けないっ!!」
 すみれは誤魔化すように叫んだ。

「じゃあ俺が貰ってあげようか?」
 ニコニコ笑いながら青島は言った。
「上から目線っ!? てかお情けで貰って貰わなくてもいいわよっ!!」
 すぐそういうこと言うんだから……どこまで本気なのか、掴み所のない青島にすみれはいつも踊らされているような気がして、嬉しい言葉であっても素直にはなれないのは仕方がないのかも知れない。元より、言い方に何の誠実さも感じられないから仕方がない。

(本気なんだけどね)
 青島はまた信用されてないな、と苦笑する。まあ、こんなノリで言ってもね。
 本気の一言ですら、本気にして貰えないのは普段の青島の行いが災いしているのだけど。
「素直じゃないんだから〜」
 でもやっぱりおどけて言ってしまう。
「青島君は誠実さが足りないじゃない?」
 冷めたすみれの視線が痛い。

「あーもーっ全部青島君のせいっ!! あたしが恥かいたのもお腹が空いたのも、全部青島君のせいっ!!」
 何を理不尽なことを……青島は嘆息し、口を開く。
「お腹が空いたのは関係ないじゃない……」
「なに?」
 横からジロリと睨まれれば思わず肩を竦めてしまう。最初から彼女に勝てるはずもないのだけれど。
「すみません……全部俺のせいです」
 腑に落ちないものを感じながらも、とりあえず肯定しておく。

「夏美ちゃんに聞いたわよ。最近よく咳き込むし、走っても息上がっちゃうんだって?」
「……気のせいじゃない?」
 思い当たる節はある。少なからず……いや、大いに……。それが顔に出たようだ。
「気のせいじゃなさそうね?」
 そんな青島の表情の変化にすみれは目敏く気付く。
「え? いや、まあね……」
 苦笑いするしかない。悲しいけれど図星なのだし。

「ホント健康管理どうなってんの? 刑事なんてただでさえ不規則なのに青島君の場合余計よね。もういい年齢なんだし。てか年齢のせいなんじゃない?」
「ちょっと!!」
「こりゃ失敬」
「すみれさんだって人のこと言えないけどね。目の下のくま、酷いよ。お肌も荒れてるんじゃない? いい年齢なんだから、ダメだよ、無理しちゃ」
 青島は自分の目の下を指差して反論する。
「何ですって!?」
「こりゃ失敬」
 すみれの常套句を吐き、いやらしい笑みを浮かべる青島を横目で睨んで嘆息する。

「いい加減健康管理してくれる人探した方がいいんじゃない? 青島君、アラフォーでもおモテになるんだから選り取りみどりなんじゃなくって?」
 嫌みったらしく言うも、すみれにしたらほんの少しの駆け引き。青島がそれに気付くかわからないけど。

「……健康管理してくれる人ねえ……すみれさんこそ必要なんじゃない?」
 意地の悪そうな笑顔でまたも目の下を指しながらそう言う青島が忌々しい。
「失礼ねっ!! 今は青島君の話をしてるのよっ!! あんな騒動起こしちゃってさっ」
「だから……あれは俺のせいじゃないんだけど……」
「結果的に青島君のせいっ」
「……はい、俺のせいです……」
 まあ確かにすみれを動揺させたのは事実だし……。

「でもさ、健康管理してくれる人なんてさ、俺は探さなくてもいいし」
 すみれの顔が少し翳った。
「……いいんだ?」
「いいの」
 なんだ……そういう人、いたんだ……。
「……ふ〜ん……」
 すみれはショックを受けつつも、興味などない風を装う。それが彼女のプライドだった。
「気になる?」
 席一つ分離れて座ったはずなのに、気が付けばすぐ隣にまで寄ってきてすみれの顔を覗き込みながらそう言う青島の顔は嬉しそうな笑みを浮かべている。
「別に」
 プイッとそっぽを向くすみれに、素直じゃないなぁ、と胸中で苦笑する。
「ま、俺の場合、相手の健康管理の方をしなくちゃね。ね? すみれさん」
 子供のような口調でも、大人の男の表情を覗かせて言うも、
「それは大変ね」
 すみれの薄い反応に、青島は困惑する。
「えっと……すみれさん、わかんない?」
「何がよ?」
 上目遣いに青島を睨み、低い声で言う。
(ホントはわかってるわよ、そんなこと……でもね、)
 はっきり言って欲しいのよ、女としては……。


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