踊る大捜査線

□日常的非日常
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 風呂上り、青島は背中を丸めて足の爪を切っていた。
 すみれも丁度風呂から上がってきて、青島の背中越しに座る。
 昔から背中越しで話すことはほぼ日常化されていたことだった。
 青島が係長に昇進したことで背中越しの席ではなくなったが、それでも長年の癖なのか、家でも何となく青島に背中越しに座ってしまう。
 別に無理に話す必要もない。ただこの存在が背中越しにあるだけで、それだけでもう心地いい。
 淡々と過ぎる日常だけど、それだけで尊いものなのだ。

「ぐえっ!!」
 突然青島がカエルが潰されたような声を出した。
 すみれが急に青島の背中にもたれかかってきた。
「重たいよ」
 青島は突然のすみれに行動に苦笑する。
「レディに向かってなんてこと言うのよ」
「レディ?どこに?」
「首絞めるよ」
「刑事が旦那を絞殺?こりゃ警察大騒ぎだね」
「ホントに絞めるよ?」
 すみれは青島の首に手をやる。
「ウソウソ。うちの奥さんほどのレディはいません」
「しらじらしい」
「こりゃ失敬」
 背中が揺れているから笑っているのがわかる。

「ねえ、青島くん」
「俊ちゃんって呼んでくれなきゃ返事しない」
 憮然とした声音で言う。
「子供か」
「……」
 無言。
「……なんか……慣れないのよ……」
 15年間、ずっと『青島くん』と呼んできた。今更違う呼び方が出来ない……というか、意識しないと出てこない。
「なんで?唐揚げ屋のときは普通に呼んでたじゃない?」
「あれはー……演技だったでしょ?」
 あのときは『擬似夫婦』で演技だったから割り切って呼べた。少し楽しんでいた部分もなくはない。でも今は『擬似』ではない。そうなると急にそう呼ぶのに照れが生じてしまった。
「まあそうだけどね。でもさ、俺ら一緒に住むようになってもう何ヶ月よ?」
「……半年?」
 すみれは指折り数えて言った。
「君も『青島さん』じゃない」
「時々忘れちゃうのよ。職場じゃ『恩田』だし」
 今でも湾岸署の刑事課に属するこの二人だが、同じ職場に同じ『青島』がいるとややこしいということですみれが旧姓の『恩田』で通している。元より、異動にならなかったのはすみれがいなくなると青島の暴走を止める人間がいなくなる、という署長の判断(と、ほとんどの湾岸署員の訴え)と、警察庁の上の方のあるお方の根回しだったりする。
「でもいい加減慣れてよ、すみれ」
「……善処します……俊ちゃん」
「よろしい。んで?どうしたの?」
「……20年後ってさ、どうしてると思う?」
 唐突なすみれの問いかけに青島はキョトンとしながらも答える。
「20年後?そうだねえ……定年してるよねえ。和久さんみたく指導員かなあ?警備会社とかに再就職か、それか警察学校で拾って貰うか」
「室井さんのコネでも使わないと警察学校は無理じゃない?」
「ちょっと」
 睨み付けるがすみれには何の効果もない。それどころかさらっと流されるのがオチ。
「こりゃ失敬。てか唐揚げ屋さんをするってのもアリよね?」
「唐揚げ屋、いいね!本気で考えとこ」
「でしょ?これなら長く続けられる」
 うんうん、と頷きながら、すみれは更に青島に体重をかける。
「そうだね。でも、どしたの?急に」
 青島は背中にすみれの重みと温もりを感じながら顔だけすみれの方に向ける。
「てかさ、青島くん」
「俊ちゃん」
「はいはい俊ちゃん。それでね、俊ちゃんって大学出てるでしょ?卒業って22歳だっけ?」
「だね」
「22年……と、もうちょっとかな。頑張れる?」
 すみれも顔を青島の方を向けてきた。
「へ?」
「あと22年、楽できないけど頑張れる?」
「22年?なんで?」
「頑張れる?」
 唖然とする青島にすみれは間髪入れずに重ねて言う。
「まあ、うん。頑張れるよ」
「ならよかった」
 青島の言葉にすみれはホッとしたように笑った。

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