踊る大捜査線

□夕暮れ商店街
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 とある夕暮れの商店街。

「和久くん」
 配達の帰り、割烹着姿で自転車を漕ぐ和久伸次郎の前にサラリーマン風の男とホステス風の女が現れた。
「あれ?緒方さんに夏美さん、そんな格好でどうしたんですか?」
 その男女は湾岸署刑事課強行犯係の緒方薫と篠原夏美だった。
「署長がさ、面白いから見て来いって言うもんだから。一応変装して」
「そうなのよ。だから同伴のキャバ嬢とお客って設定なんだけど」
 夏美は派手な格好で楽しそうに緒方の腕を取る。緒方もまんざらでもない様子だが、如何せん相手は夏美。女青島の実態を知っているだけにすぐに素に戻る。
「そこまでする必要ありますか?それに年齢的にキャバ嬢って無理が……」
「何ですって?」
「……こりゃ失敬」
 どこかで聞いたフレーズが出る。
「すっかりあの二人の口癖が伝染ってるじゃない?」
「伝染るくらい言ってますよあのお二人。毎日何喧嘩してるのかな?って思ったら実は単なる痴話喧嘩というか……あてられてる気分になっちゃいますよ」
 笑う夏美に少し顔を赤らめながら和久はぼやいた。
「仕方がないよ。二人とも新婚生活満喫してるんだろうし」
 緒方は苦笑して言った。
「完全に満喫してますよ。『すみれ』に『俊ちゃん』ですよ」

 二人とは彼らの上司の強行犯係長・青島俊作と盗犯係の恩田すみれ。
 二人はこの先の唐揚げ屋の新婚の店主夫婦として重点張り込み捜査をしている。和久はそこの従業員という設定だ。

 この二人、傍から見るにかなり意識し合っているのだが15年間全く何も進展していないという、まるで生きる化石だった。
 しょっちゅう二人で食事に出掛けたりしているくせに何も無いとは一体どうしたことだろう?と、署員のほとんどに思われていて、『何故結婚しないのか?』と湾岸署七不思議に数えられているとかいないとか。

「うわあ、何かこっちが照れるな」
「僕なんか毎日身の置き所に困ってますよ」
 和久は少し顔を赤らめて言った。

「てか緒方さんって、すみれさんのことが好きなんじゃないの?」
「好き……ちょっと違うって!! まあ昔はちょっとは……って違う違う!! 憧れだよ憧れ!! 署員のほとんどの男はすみれさんに憧れてるよ」
 夏美の爆弾発言に緒方も和久も目を見開いたが、緒方は慌てて頭を振った。
「そうよねえ。女子にも人気あるしね」
「でも青島さんがいるだろ?ああ見えてさ、無意識に予防線張ってんだぜ。話すときとか異常に密着してるだろ?ほとんど癖みたいなモンだけどさ、あれ見せられたら誰もすみれさんに声かけられないって」
「何でそこまでやっといて素直になれないかなあ?」
「ヘタレなんじゃない? つか中学生みたいだからなあ、あの二人」
 三人は揃って嘆息する。

 青島に至っては無意識なんだろうが、自分とすみれの仲の良さを他の男に見せつけているのか?と思うような行動をとることがある。
 夫婦でもしないだろ?と思うくらい顔を近付けて話したり歩くときも異常に近かったりで、まわりの人間も慣れるまではドキドキしたものだ。
 しかし、当の本人たちにとっては何でもないことらしい。
 と思うと、言いたいことを言うにもなかなか切り出せなかったり、どこの中学生だ!?と見ている方は妙なモヤモヤ感を抱いている。
 とにかく見せつけておいてそれ以上は行動に起こさないという、いい大人のくせにイマドキの中学生も真っ青なピュア振りだったりする。

 こんな二人だから進むものも進まなかったりする。

 しかしそんな二人がこれ幸い(?)と新婚夫婦ごっこを満喫しているというのだ。

『すみれ』『俊ちゃん』

 普段なら絶対に呼ばない(青島に至っては呼べない)であろう呼び方まで楽しんでいる始末だ。

「大変ねえ、和久くんも」
 夏美は和久の苦労を想像して苦笑した。
 和久も渇いた笑いをしたが、思い出したように口を開いた。

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