踊る大捜査線
□約束
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口約束なんかじゃなくて。
はっきりとした約束にしたいから。
「入りまーす」
「いらっしゃい」
ノックをしその扉を開く。
彼女はベッドに腰掛けた状態で窓の外を眺めていたのだろう、そのままの体勢で顔だけこちらに向けていた。
膝にはグルメ雑誌。きっとさっきまで読んでいたということは容易に想像できる。
「ここから青島君が来るのが見えた」
「そうなの?」
青島はすみれの傍に行き、窓の外を見ると、先程自分が走っていた病院の入口が見えた。
「何も走って来なくても」
すみれは苦笑した。
「なんか走るのが癖になってんのかな? いつも面会時間ギリギリだし」
青島もつられて苦笑する。
本音を言えば早く彼女に会いたかったから、ついつい足早になってしまっていたのだが……。
今日は当直明けだから随分余裕がある。それでも片付かないことがあって残っていたのだけど、早く帰りたいってオーラでも出ていたのだろうか? 係長の魚住に『もういいから帰っていいよ』と言われた。
慌てて出てくるときに『恩田君によろしくね』という中西係長の声が聞こえたような気がしたが……。
まさか彼女のところに行くってバレてたのか?
そう言えば刑事課全員(緒方を除く)の顔がニタついてたのが気になる。
青島は、まいっかと逸る思いでほぼ駆け足でここまでやってきた。
すみれが撃たれてもう2ヶ月経つ。
気がつけば年も明け、青島の誕生日もすみれの誕生日も終わった。
青島はその度にここへ来た。何だか特別な日はどうしてもすみれの顔が見たくて。
すみれが特別な存在なのだと気付いたのは、すみれがここへ入院するきっかけになったその瞬間だった。
その華奢な身体が血に染まり、その命が自分の手から消えてしまうのではないかと思ったその瞬間。
自分は彼女に対して特別な思いを抱いていたことに気がついた。
馬鹿だ。そう思った。
なんでこんなときに気付くのだろう。もっと、もっともっと前から気付いていたくせに。それを認めようとしなかった。
彼女といるとすごく落ち着いた。彼女といると楽しかった。
彼女は同僚、いや、もっと深い言葉で同志といったところか。そう思っていた。
でも彼女を失いかけたあのとき、本当は彼女が何よりも大事なのだと思い知らされた。
「ねえ青島君」
「ん?」
「別に、毎日来なくてもいいのよ」
「なんで?」
すみれの言葉を訝しむ。
「デートとか……あるでしょ?」
何となく、すみれにしたらは遠慮がちというか。
「ないよ。そんなもん」
「ウソ」
「ウソじゃないよ。ホントにないよ、そんなの」
彼女が特別だと思ったと同時に、彼女以外の女とデートをしたいとか全く思わなくなった。
「てかそんなこと言うなんて、すみれさんらしくないね?」
「だってここに来てばっかりで恋愛してないなんて言われちゃたまんないもの」
何となくふて腐れたような顔で。
「俺が好きで来てんだから。そんなこと言うわけないでしょ?」
ニッコリと笑って言う。
恋愛はしてるよ? ちゃんとね。
すると、すみれは重ねて聞いてきた。
「まぁ……そうよね? じゃあ合コンは?」
「ないよ」
合コンなんて特に。セッティングを頼まれればしなくもないけど。それは他の連中のためってだけで、以前のような気持ちは不思議なくらい全く無くなった。
「青島君なのに?」
「なによそれ?」
「青島君と言えば合コン。合コンと言えば青島君」
名言すぎるほどの名言。いや、迷言か?
青島はガックリと肩を落として、
「そりゃ言いすぎでしょ」
眉根を寄せた。
「こりゃ失敬」
おどけて言うすみれに大きく嘆息した。
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