空飛ぶ広報室
□Boys Talk ―第1R(最強タッグ降臨)
1ページ/1ページ
『帝都テレビの報道の方がそちらに取材に行かれます。ちなみに報道なので稲葉さんは窓口にはなっていませんので』
と比嘉さんから連絡があった。
今思えばその比嘉さんの声に妙なテンションと笑いを噛み殺したような色が見て取れたように思う。
そして何故だかわからないが、今自分の部屋にいる人たち。
自分の妻、リカの同期である帝都テレビの報道キャスター、藤枝さんと、空幕広報室で一緒だった片山さん。
しかも夜。テーブルの上には持ち込まれた大量のお酒とおつまみの類。
「何で片山さんまでいるんですか?藤枝さんは取材ですけど」
「だから出張だって」
「……ホントに?」
「ホントだって」
かなり疑わしい。この二人が偶然一緒の日に松島に来ることがあるのだろうか?
まあ藤枝さんは『キャスターが特集とかで現場に出向くことあるでしょ?アレです』と言っていたが、片山さんに至っては少し疑わしいところがある。
いや、藤枝さんもちょっと疑わしくなってきた。
「てか、お二人妙に仲良くないですか?」
「親友だし?メル友だし?」
「ねえ〜」
と顔と声を合わせた。
いつの間にそんなことになってたんだろう?
「……片山さん、藤枝さんのこと敵対視してたじゃないですか?」
片山さん、結構対抗意識も抱いていたはずだけど。
「イケメンだしね?でも話すといいヤツでさ〜」
「そうそう!! 話合っちゃって」
「いろいろ相談にのって貰ってんだよ。恋愛相談?」
「お役に立ててるかどうか」
「いやいや、藤枝ちゃんにはホントお世話になってるよ」
などと言い合っている。これは本当に仲が良さそうだ。
自分の知らない間にいろいろあったんだなあ……。
てか、空自の自衛官とテレビ局のアナウンサーがここまで仲良くなるって……人の縁ってすごいなあ……かく言う自分もテレビ局のディレクターと結婚したけど。
「……そのお二人が何故ここに?」
とりあえずずっと気になっていることを聞いてみる。
「だ〜か〜ら〜出張?」
「取材?」
「何で疑問形っ!?」
本当に仕事で来たのかな?
だんだん怪しく思えてきた……。
「……いや、そうじゃなくて、何で僕の家にいるかってことですけど……」
「泊めて貰いに」
「同じく」
「僕、いいって言ってないですよね?」
「いいじゃない?俺たち泊まるとこないんだよ」
「ホテルに泊まればいいでしょ!?」
片山さんはいきなり基地に来て『空井、今日泊めろ』と言ってきた。そして『もちろん藤枝ちゃんもな』と言うと、藤枝さんも笑って手を振っていた。
自分が『急に困る』と言ってもあの二人が聞くわけない。
強引に乗り込まれた。
さっき、彼らがスーパーで買い物中にリカに電話すると、『気を付けて!! 大祐さん、あの二人に飲まれちゃダメですよっ!!』と念を押された。
何か恐ろしくなってきた……。
「まあまあ。てかさ、ここ、稲ぴょんも泊まるんだよな?」
「……あたり前じゃないですか」
「夫婦だもんな〜」
「そりゃ……て、何引き出し開けてんですかっ!?」
片山さんがチェストを開けだした。
「浮気の痕跡とか?」
「あるわけないでしょっ!! あっ!? そっちはダメッ!!」
「もしかして稲ぴょんのかっ!?」
「下着とか?」
「ダメだって!!」
リカ用のチェストの引き出しに手をかけている。ヤバイ、見られるっ!!
片山さんは躊躇なく引き出しを開けた。
「……下着、無いじゃん」
「チェッ」
「チェッて!? もう、何やってんですかっ!?」
片山さんを押し退け引き出しを閉める。
片山さんも藤枝さんも心底がっかりした顔をしている。
何期待してんの?信じられない。
「ねえ。何で下着ないの?」
「稲ぴょんここに泊まってんだよな?服はちゃんと置いてあるけど下着ないじゃん」
「……いいじゃないですか……」
リカは服は置いて行く。化粧品も増えた。だけど下着は置いて行かない。置いて行ってくれない……。
「あれじゃないですか?いくら旦那でも自分の下着で……ってのは……ねえ?」
「ああ、そういうこと!? かわいそうな空井」
「何同情してるんですかっ!? てか下着で何ですかっ!?」
「そんなこと聞く?」
「空井くんも男でしょ?」
「…………!?」
思わず目を瞠る。
言いたいことがわかってしまった。何言ってんだこの人たち!? そんな……こと……するわけないじゃない……か? いやいや、いくら何でもそれはないっ!!
「言いたいことわかったらしいよ」
「わかんない方が問題でしょ?」
わかったよ、わかりましたよっ!! そういうことでしょ!? 男の性ってヤツでしょ!?
やめて下さいっ、そういう想像するのっ!!
だんだんヤバイ方に行ってる気がするっ!!
「……あの……何しに来たんですか?」
「だから泊めて貰いに」
「同じく」
二人してキョトンとした顔でこちらを見ている。
全く白々しい。
「いや、それはわかってます。そうじゃなくて、部屋あさりに来たんですか?」
「気になるじゃない?空井と稲ぴょんの新居」
「俺も同期とその旦那の部屋が気になって。てかそっちの生活の話とか?」
そっち?そっちって……そっち!?
「そっちって……もしかして……」
「もちろん、夜の、だよ」
「さっきの話の流れでわかるでしょ?」
と二人してニヤリといやらしく笑った。
「何言ってるんですかっ!?」
「ぶっちゃけさあ、話してみようよ?俺たちの仲じゃん?」
「そうだよ〜同期の旦那。もう同期みたいなもん。ダチじゃん、俺たち」
「意味わかんないんですけどっ!?」
この人たちの理屈はめちゃくちゃだ。そんなこと聞いて面白いか?
……って面白いんだろうな……そういう人たちだよ……。
「で、どうなの?」
「僕の話、聞いてます?」
ホント、この人たち、人の話聞く気ないでしょ?やりたい放題でしょ?そのくせヤバイことガンガン聞いてくるし。どうなのそれ?
「ねえ空井くん。稲葉ってさ、やっぱそっちもガツガツなの?」
「そんなことないっ……あっ……」
あっ、うっかり言っちゃった!!
「へえ〜ガツガツじゃないんだ〜」
「そういうモンじゃないですか?ああいう強気な女に限ってそっちじゃ大人しくなるって」
あーっやめてーっ!! 人の妻のこと、そんな想像するのやめてーっ!!
……でも確かに……藤枝さんの言うことは当たらずといえども遠からずだけど。
彼女はその……そういうことには結構……消極的っていうか……恥じらいがあるっていうか……嫌じゃないんだろうけど……。
でもそこがまた可愛いんだけど。
「お!! さすが藤枝ちゃん!! 伊達にいろんな女と浮名流してないね〜わかってらっしゃる」
「お陰さまで。あれでしょ?空井くん、そのギャップに余計萌えちゃったりしてない?」
「……」
実はちょっとだけそうだったりする。
出会った頃の『稲葉さん』はガツガツで、ちょっと取っ付きにくい人だった。
だけど彼女のことをいろいろ知っていくうちにすごく可愛い人だって思って……そして初めて肌を合わせたとき、すごく恥らっている彼女がどうしようもなく可愛くて、今まで自分にこんな感情があったのか?と思えるほどに……昂った。
今でもどうしても愛しい気持ちとなかなか会えない分、自分でもやりすぎたかなあ〜?なんて思うこともある。
ぐったりしている彼女が『……大祐さん……自分が体力自慢の自衛官だってこと、忘れてません?』って言って真っ赤な顔で睨んでくる。
それがまた可愛いから、同じことを繰り返す結果になってしまう。
一応反省してるんだけど……リカが可愛すぎるのが悪いっ!!……いや、全然悪くないけど……。
「やっぱそうかあ〜空井ってギャップ萌えするタイプかあ〜」
「違いますっ、僕はリカならっ……あ……」
「稲ぴょんなら、何?」
「何でもいい、ってか?」
「……」
そうだけど。その通りだけどっ!!
自分だってリカ以外に……欲情……とか、全くしないけどっ。
「まあそうだろうな〜空井、昔っから稲ぴょん大好きだったもんな」
「え?いつから?」
「結構前だろ?」
「じゃあ、俺と初めて会ったときには既に?」
「藤枝ちゃんが牽制してきたってヤツ?」
「違う違う、あれは牽制じゃなくって、もし稲葉の片思いだったらアレだなあ〜って探り入れたって言うかね?」
……え?それって……。
「え?あのときにはリカって……」
「確実に空井くんのこと好きだったよ」
「……そう……だったんだ……」
そんなに前から?ずっと片思いだって思ってたけど……本当は両思いだったってこと?
「何コイツ?ニヤニヤしやがって!!」
「嬉しそうだなあ〜空井くん。稲葉に言っとくよ」
「え?いや、その……はい」
だって嬉しいじゃないか!! そんなに前からリカに好かれてたなんて……どうしよ……もう自分の妻なのに……愛し合ってるのに……そんな前のことで浮かれちゃってるよ。
「何コイツ〜?ホント好きだよな〜稲ぴょんのこと」
「そ、そりゃ……夫婦ですから」
一応誤魔化しておく。
「夫婦じゃなくても好きだろ?」
「好きですよ?だから何ですか?」
もう開き直りだ。
「清々しいくらい、はっきり言ったねえ〜」
「ねえ?もし稲葉と結婚してなかったらどうしてたの?」
「一生独身でいくつもりでした」
「即答だしっ!!」
「稲ぴょんに操を立てたってか。やっぱ出家した坊さんだよコイツ」
「出家でも何でも、そんなの当然です」
「「言うね〜!!」」
二人一緒に声を上げた。やっぱり仲いいなあ。
比嘉さん妬いちゃうんじゃない?
片山さんと比嘉さんのコンビも凄かったけど、この二人って別の意味で凄い。
「今は還俗した坊さんか?」
「ですね」
還俗した坊さん……。
何か……どうなんだろ?これって……。
「稲葉もさ、空井くんと会わなくなった時期あったでしょ?あのとき恋愛とかそういうの当分いいって言っててさ、それってどれくらいって聞いたら『空を見ても何も思わなくなるくらい』って」
「……」
「稲葉が松島行く前も『公私混同だから行かない』とか『空は見ない』とか言ってたしなあ。それって空見ちゃうと空井くんが恋しくなっちゃうからだよね」
「愛されてるねえ空井」
「……」
そうなの?ヤバイどうしよ……泣けちゃうくらい嬉しいんだけど……。
「あっ!! コイツ泣いてね?」
「もう結婚してるのに何感動してんすか?ホント好きなんだねえ、稲葉のこと」
「いいじゃないですかっ!!」
目が潤んでいるのは否定しない。それくらい嬉しいんだから。
ああ、胸がいっぱいだ……。
ヤバイなあ……リカに会いたくなってきた。いや、いつも会いたいけど。
「今は空を見ても平気みたいっすよ。それどころか『空は繋がってる』が口癖だから。気が付いたらしょっちゅう空見てるって。珠輝が言ってた」
しょっちゅう?そんなに?ヤバイ、嬉しすぎる。
そう言う自分もリカを思ってしょっちゅう空見てるけど。やっぱり夫婦なんだなあ……。
「で?」
「はい?」
「どうなの?そっちの方は?」
「そっちに戻ります!?」
と、夜は更けていった。
藤枝さんは翌日基地の取材はきちんとして行ったし、後日テレビクルーを伴って松島にやって来た。
だけど片山さんが何故ここに来たのか誰に聞いても知らないと言った。
結局、片山さんは藤枝さんがこちらに来ると知って同行したらしい。
後日、自分が東京のリカの元へ戻ると……。
「だからあの二人に飲まれるなって言ったじゃないーっ!!」
と、真っ赤になって怒られる結果になってしまった。
全部バラされてた……。
そう言えば比嘉さんが用事で電話してきたときも何だか笑いを堪えているような感じだった。
比嘉さんも知ってる……てことは、槙夫妻にも鷺坂室長にも……。
自分のあずかり知らぬところで、片山・比嘉コンビに匹敵する、ある意味最強タッグが誕生していた……。
end