空飛ぶ広報室
□最後の恋
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「僕は稲葉さんのために生まれてきて、稲葉さんは僕のために生まれてきてくれたんだって思います」
心地良い気だるさの残るベッドの中で、彼は私を自分の腕に閉じ込めたまま呟いた。
その言葉に顔を上げ彼を見ると先程とは違う、まるで子供のような笑顔だった。
胸がキュンとなった。
なんなのこの人っ!? 可愛すぎなんだけどっ!!
何で女の私より可愛いこと言っちゃうわけっ!?
まるで大人と子供が同居しているような人だ。
実は彼はとても情熱的だったりする。さすが自衛官で元戦闘機パイロットだからだろうか。
ほんの少し前の彼はすごく力強くて男らしくて、色気もあって……。
だからそのギャップがあり過ぎて……。
恥ずかしくて、思わず悶絶しそうになるのを堪えるのに彼の胸に顔を埋めると、
「こうしていることが……何かしっくりくるっていうか……やっぱりこうなるべきだったんだって思えて、俺、すごく嬉しい……」
またも嬉しそうに呟いた。
そして気が付いたことがあった。
一人称が『自分』から『僕』になって、今は『俺』になっていた。
彼が泣いたあのとき、確かに『俺』と言っていた。
何となくだけど、この人の地が出たのかな?って思えて、それが私の前で……何だかそれがとても嬉しく思えた。
「はい。私もそう思います」
彼の胸でそう言うと、私を抱く力が強まった。
そんなにも経験がある方ではないが、彼が言う通り、お互いがお互いのために生まれてきたんじゃないかって思えるほど……いろんな意味で心地良い。
「幸せです。ホント……」
彼がふいに言った。
「私も幸せです。空井さんとこうして一緒にいられるだけで幸せなんです」
私は彼の胸に頬を寄せた。
彼の鼓動がすごく心地いい。
彼の鼓動は自分のそれと同じリズムを刻んでいる。
「早とちりしちゃったかな」
「え?」
「だって、俺、稲葉さんは俺なんかと一緒にいない方が幸せだって思ってたから」
「そうですね。とんだ早とちりです。すっごく回り道しちゃいました」
確かに勝手な判断だった。
私の幸せは彼と共にあることだった。
でも彼はいろんなものを抱え込んでいたから。それを私にも抱えさせたくないと思ってのことだったから。
それだけでも、彼の愛を感じた。
「ごめんなさい」
「いいですよ、もう。今は幸せなんですから」
そうだ。今は幸せだ。
もう手に入らないと思っていた、一番欲しいものが手に入った。
これほど幸せなことはない。
「リカさん」
「えっ!?」
いきなり名前で呼ばれて驚いた。
「って、呼んでもいいですか?」
「そ、それは……もちろん」
「嬉しいな」
「え?」
「だって俺、ずっと心の中でそう呼んでたから。声に出して呼べるなんて、嬉しすぎて……」
彼はそう言ってはにかんだ。
やっぱり少年のようだ。本当に先程までの彼と比べるとギャップがあり過ぎる。
でもすっごくキュンとする。これがギャップ萌えってヤツ?
「もうそう呼べる日は来ないって思ってたから……俺が勝手に連絡しないって言っておいてなんなんですけど……」
そう思っていてくれただけでも全て水に流せる。それ以上に喜びが勝る。
「私も嬉しいです。その……大祐さん……にそう呼ばれて……」
ドキドキしながら彼の名前を呼ぶ。こんなに緊張するなんて名前って本当に重要なアイテムだ。
「うわっ、ヤバイッ!!」
彼が急に大声を出した。
「なっなんですかっ!? ダメですかっ!?」
ダメだった?まだ『空井さん』の方がよかった?
「ダメどころかっ、幸せすぎて……死にそうですっ!!」
顔を真っ赤にして言う。
名前呼んだだけでそんなに真っ赤になるなんて。
結婚するのに、それに……さっきまでのこともあるのに今更……。
やっぱり順番おかしい。でも、そこが余計に愛しい。
「フフッ、そんなことで死なないで下さい。これからずっと、そう呼んでいくんですから」
「…………やっぱり幸せです」
更に赤くなる。
「それはもうわかりました」
私がそう言って笑うと、彼は私を大事そうに抱き込んだ。
私は今まで仕事仕事で生きてきて、恋らしい恋をしたのはいつ振りか覚えていない。それどころか本気の恋をしたことがなかったのかも知れない。
きっとこれが、生涯最後の恋だろう。
「最後の恋です」
「え?」
「私、最後の恋をしました。大祐さんに」
彼の目を見てそう言うと、彼は驚いたように目を瞠った。
だけどすぐに目を細めて言った。
「……俺も……最後の恋をしました。リカさんに」
彼が私を抱く力を強めると、私も彼の背中に腕を回した。
やっぱり、この人は私のために生まれてきてくれて、私はこの人のために生まれた。
例えずっと傍にいられなくても。
お互いのこの想いは、絶対に揺るがない。
だって、最後の恋だから―。
end