空飛ぶ広報室
□溢れ出るものV
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―溢れ出るもの。
それは―……
基地の外にはたくさんの人たちが集まっていた。
それは彼女が朝早くからいろんなところで配ってくれたというビラのお陰だった。
そのビラにはうさぎのイラスト。
これはいつかの『因幡の白兎』からの、最後のプレゼントだとわかった。
このプレゼントには彼女の想いが込められていて、そして痛いほど自分に伝わってきた。
「稲ぴょん、お前に会わないで、帰るつもりだよ」
彼女にもう会えない。そのことに今更のように胸が痛んだ。
『じゃあ明日』と言い合ったのに、会えなかったあの日のことを思い出す。
いいのか? ここで彼女を帰してしまっていいのか?
もう二度と、会えないかも知れない。
それでも自分は、後悔しないのか?
未だ逡巡している自分に鷺坂室長は言った。
「あの日から、時計の針が止まってしまった人がたくさんいる。でも、それでも、前に進もうとしている人たちが、前に進もうとしている人たちが、たくさんいる」
自分は時計の針を止めたままだった。
前に進もうとしていなかった。
あのときもそうだった。
もう空を飛べなくなったとき、鬱々として前に進めなくて。
でもそんな自分を変えてくれたのは、広報官としての新たな夢を抱かせてくれたのは、誰でもない彼女だった。
もし、時計の針を進めていたのなら、彼女と共に歩む道を選んでいたかも知れない。
もし、彼女に拒絶されたとしても、それは納得して受け入れられたかも知れない。
だけど自分は何もしなかった。
彼女の幸せを勝手に願って、勝手に自分以外の人と幸せになると決めて、それでも本当は自分の手で幸せにしたいと思っていたくせに。
でも本当はわかっていた。
彼女に自分が想いを告げたとしても、彼女は受け入れてくれると。
だけどそれで彼女が幸せになれなかったら……。
それが怖かった。
だけどそれは単なる綺麗事で、結局のところ自分が前を向けなかっただけだった。
「お前たちに、諦めて欲しくないっ!!」
鷺坂室長の言葉が、胸に刺さった。
ああ、自分は諦めていたんだ。
いろんなものを抱え込んでしまった自分は彼女を幸せにはできない。
彼女に相応しくない。
そう思い込もうとして、彼女から逃げていた。
彼女に笑っていて欲しいから。
彼女には幸せになって欲しいから。
だから前を向こうとしない自分は、自ら険しい道を選んでしまう、綺麗な彼女に相応しくないと。
自分の中で勝手に結論付けて、彼女の本当の幸せを問い質そうともせず。
何もしないうちから逃げていただけだった。
そんなとき、歓声が聞こえた。
ブルーがバーティカルキューピッドを描いていた。
あの日、キリーがブルーに乗った日、このバーティカルキューピッドを一緒に見たのは誰でもない、彼女だった。
『空井さんの隣で見られて、よかった』
何度も夢に出てきた彼女が鮮明に脳裏に浮かんだ。
どうして、彼女は隣にいないんだ?
あのとき隣にいた彼女は、今ここにいない。
馬鹿な自分の選択を呪う。
あんなメールを送らずに、別の、本当の自分の想いを彼女に告げていれば、ここで一緒にこの空を見上げていたはずだ。
気が付けば走り出していた。
会いたい、会いたい、会って言わないといけないことがある。
抑え込んでいた、自分の想いを。
自分の手であなたを幸せにしたいと―。
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