踊る大捜査線

□君の生まれる日
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「あのね、予定日なんだけど……」
 予定日。青島とすみれの間に出来た子が生まれてくる日のことだ。
「あ、そうそうそれそれ!で、いつ?」
 青島はすみれの言葉に食いつくように聞いてきた。
「……うん、あのね……」
 すみれは何だか言いよどんでいる。
「どしたの?」
 青島はそんなすみれの態度を少し怪訝に思う。
「えっとね……」
「うん?」
「11月24日」
「11月24日……?」

 11月24日。その日はすみれにとっては、いや、青島にとっても忘れがたい日。

「……11月24日なの……?」
「うん……」

 その日はすみれが撃たれた日。青島の目の前ですみれが撃たれた日。
『守る』と約束した彼女を、自分の目の前で血に塗れさせたあの日。

「そんな顔しないの」
 途端あの日のことを思い出し、表情を曇らせた青島にすみれは強い口調でたしなめる。
 青島があの日のことを気に病んでいることも知っている。だから言い辛かった。

 しかし、すみれは青島を真っ直ぐに見て言った。
「あたしはね、この日でよかったって思ってる」
 意志の篭もった目。母としての強い目。
「すみれさん……」
「『すみれさん』じゃない。『すみれ』でしょ?」
「あ……うん……はい」
 いつも『青島くん』と呼ぶすみれをたしなめるくせに自分も『すみれさん』と呼ぶ癖が抜けないでいる。
 すみれはそれでもいいと思って放置しているが、今回はたしなめた。
 すると青島はハッとし、しどろもどろに返す。やはり自覚がなかったようだ。

「確かにあの日はあたしが命を落としかけた忌まわしい日かも知れない。でもね……」
 すみれは青島の手を握る。
「考え方によっては拳銃で撃たれたのに命を落とさなかった日なの。本当はすごくいい日なのかも知れないのよ」
「……すみれ……」
「そんな日にね、あたしたちの子供が生まれるのよ。これって本当は素晴らしいことだって思わない?」

 すみれの言葉に青島は目を瞠る。
 
 確かにあの日は忘れたい日だ。だけど、二人には決して忘れることの出来ない日だ。
 すみれが撃たれ、血を流した。そして大きな傷と共に後遺症が残った。
 だけど、同時にすみれの命が失われなかった日でもある。 
 この尊い命が救われ、そしてそのお陰で今ここに二人の血と精神を受け継ぐべき小さな命が宿った。
 
 そうして繋がれた命。その命が生まれ出でる日が11月24日なのなら、それはもう運命なのだろう。

「……そうだね…………うん、そうだよ」

 青島はすみれの顔を真っ直ぐに見つめ、笑みを浮かべて頷いた。

「あの日……君が助かったから、この子はここに宿ったってことだよね」
「そうよ。あのとき、あなたがあたしを力いっぱい抱き締めてくれて生きる気力を与えてくれたから、この子の命は今ここにあるのよ」
 すみれはそう言って愛しげに自分の腹を撫でる。
「あたし、絶対に生きようと思った。絶対に死ねないって思った」
「うん。俺だって刺されたときそうだった。それにあのときも君を絶対に死なせないって思ったよ」
「あたしも」
 青島もかつて刺されたとき、すみれと同じように思った。
 そして、すみれが運ばれた病院で和久に言われた言葉を思い出した。

『生きようとするやつは死なねえよ』

 そうだ。そうして自分たちは生きた。絶対に死ねないと思った。
 そしてお互いに、絶対に死なせないと思った。
 
 そんな二人の間に宿った命だ。力強く、生に対して執着を持った日に生まれてくる命だ。

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