みじかい

□春よ、来い。
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まだ風の冷たい3月

「ごめんね」

君が言った

「気にしないで」

僕が言った

そして二人は別々の方向へ歩き出した

いつもならとっくに満開のはずの桜並木
姿の見えない道端のたんぽぽ
誰のところにも、まだ

春は来ない

それどころか、また冬に逆戻りするんじゃないか、ってくらい

空気は冷たく澄んで

「…はーるよこい」

小さな声で呟いてみた
呼んでも来るわけがないのに

「目の前に来てるじゃない」
「…は?」
「ちょうどいいわ」

ふわり

生温い風とともに現れたのは

「貴方、私を助けなさい」

淡桃色のワンピースを着た背の低い

「この“春風”様をね」

春風と名乗る少女だったりした


春よ、来い。


「つまり、君は、その」
「春風」
「春風で」

日本に春を届けるために日本列島を北上している、と

「そうよ」
「…徒歩で?」
「他に何があるというの?」
「車」
「持ってない」
「電車」
「お金がない」
「あぁ…」

なんか可哀想である

「まぁ、ね?いつもなら風に乗って飛んで行くのだけれど…」

春風が風にのる
分かるような分からないような

「ち、違うのよ!重くなったから飛べないんじゃないんだからね!」

太ったんですね
そこは分かります

「で?」
「私は北に行きたいの」
「電車代が欲しいの?」

春風が首を横に振った
僕に向かって手を伸ばし

「おんぶ」

可愛いげのない声で言い放った
いや、まぁ
別にそういうのを求めてる訳じゃないけど
もう少し頼み方ってものが

「早くして」

問答無用らしい
渋々背を向けしゃがむ
首に腕が回される
重くなったという割に
重さは殆ど感じない

「軽いんだね」
「あ、当たり前よ」

ぽかぽかと
まるで背中だけに太陽の日差しが当たっているような
小さな温もりがそこにある

「でも徒歩じゃそんなに遠くには」
「いいから進みなさい」
「…どっちへ?」
「北」
「北ってどっち?」

春風が無言で指差したのは
別れた君が歩いていった方向
行く手を阻む強い風が吹いてきて

寒い、寒い、寒い

背中は温かいのに

心がちっとも温まらない

「どうしたの?」

春をこんなにも近くに感じているのに

「なんでも、ない」

一歩進む度に吹きつける風は強く、冷たく

「風、強いね」

下を向いて歩くのはきっと

「前が見えないや」

この道の至るところに君の面影をみるから

「ちゃんと前を見ててくれないと困るわ」
「うん…そう、だよね」
「そうよ」

でも、簡単に顔は上がらない
春風もそれ以上催促はしてこなかった
 
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